晩秋
私が若かった頃、「秋は枯葉が散り、草が枯れる寂しい季節だ」とよく言われた。私はそれに反発して「いや秋は米や果実が実る、稔りと収穫の季節だ。そして野山の樹々が色とりどりに粧う豊かな季節だ」と言っていた。私の言い分が間違っていたとは今も思っていないが、この秋はわびしさ、淋しさも感じたのだった。
10月頃、まだ我が家の柿の実も充分に熟していない頃から、柿の葉が散り始めた。柿の木は我が家の敷地の端っこにあるので、散った柿の葉は家の前の路地と我が家の駐車場に広く散らばった。本当なら毎日掃除をすべきだったのだろうが、面倒なので、週2回、可燃ゴミの収集の前日に掃除をしていたのだが、1回にゴミ袋の三分の一か四分の一になるほどの量だった。しかし、それも11月の半ば頃から徐々に減っていって、私は掃除をするたびに私は寂しい思いをしたものだ。
しかし、落ち葉が最盛期を迎える頃からムクドリがやってきて、木の高いところに残っている柿の実をついばむようになった。彼らは数百羽の群れで行動していて、そのうちの2~30羽が柿の木に群がり、残りはその付近の電線に等間隔できれいに並んでいたものである。そしてけたたましい鳴き声を立て、それは家の中で音楽を聴いている私にもやかましく感じられるほどだった。ところが、それも2~3週間のことで、彼らが柿の実を食べ尽くすともう姿を見せることはなくなった。私はそのなりゆきにも寂しさ感じるようになった。
そして、12月中旬の今、我が家の周りには、時折、スズメやカラスが姿を見せるだけで賑やかな鳥の群れは来ない。時折、どこかで鋭いモズの声はするのだが、私はまだモズの姿を見たことはないのだ。
あげる・してあげる オランダの冬 ほうれい線 ムクドリの警戒心
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