2023/11/29

            11月の記事


便乗値上げの推奨者    …  便乗値上げを煽っているのは誰だ

新聞社の生き残る道    … 購読部数減の今、新聞が生き残る道は?

重苦しい気分           …  イスラエルのガザ侵攻は出口が見えない

ふしぎな気分           …  コンビニの前でふしぎな気分を味わった

疑問だらけ              …  ハマスもイスラエルも何を考えているのか疑問だらけだ

おばあちゃんは102才… 特養に入っている母が102才の誕生日を迎えた

カラスたち              … 湖岸道路で数十羽のカラスが群がっていた

シャンプーボトル     …  40年間私は同じシャンプーボトルを使っている

結婚生活42年(4) …  私たちの結婚生活もようやく落ち着いてきた

結婚生活42年(5) …  私と妻は本当は相性がよいのかもしれない

軽の国                     …  最近軽自動車が増えている。日本にはお似合いだ。

特派員報告               …  私が好きだった「特派員報告」がなくなってしまった

反社会的番組            …  テレビで見たクイズ番組が不愉快だった

塗り壁女                  …  最近、若い女性の間で厚化粧が増えている?

するわけじゃないが    …  自慢するわけじゃないが、自慢します?

昭和20年代の歌      …  昭和20年代にはラブソングがなかった?

テネシーワルツ        …  日本で歌われたテネシーワルツは歌詞が正反対になった

私が嫌悪する歌        …  「芸者ワルツ」も「蘇州夜曲」も私は嫌いだ

まるで負け惜しみ      … 岸田首相のコメントはまるで負け惜しみだ

冷たい雨の中で        … この寒空の下、ガザの被災者はどうしているのだろうか

びわ湖幻想              … びわ湖の湖面に幻想的な光景を見た

              びわ湖幻想


 今朝、東京へ行く妻を米原駅まで送るために、朝の湖岸道路を走った。日の出の30分くらい前で、まだあたりは薄暗かったのだが、そのとき息を呑むような光景を見た。びわ湖のから立ち上る湯気が湖面を覆っていたのである。しかも一様に湖面に広がっているのではなく、そのモヤには濃いところと薄いところがあって、まるで海底から伸びる海藻が水に揺らいでいるかのように、空中に揺らいでいたのだ。その高さは10メートルか20メートルはあったのだろうが、見た目にはもう少し低く、私の背丈より少し高い程度に見えた。

 今朝はとりわけ寒かったので、空気より温かな水から立ちのぼる水蒸気が凝結して湯気になったのだろう。こういう現象は彦根城の堀ではたびたび見たことがあるが、びわ湖全面がこんな風になっているのを見るのは初めてで、私はその壮大なスケールに圧倒された。もし、妻を送っていく途中でなければ、私はどこかに車を止めて、10分でも1時間でも見入っていたことだろう。写真もいっぱい撮ったに違いない。でも残念ながら今朝は電車の時刻に間に合うように妻を送らなければいけないので、運転席からほんの数十秒間見ただけだった。

 そして、帰りにゆっくり見てみようと思った。ところが帰り道に見たところ、先ほど見たような圧倒的な光景は見られなかった。たしかに湖面から昇る湯気は見られたのだが、規模が小さくなって先ほどの名残りという程度だった。もう少し待っていればという期待もあったが、車を止める場所もなかったのでそのまま帰った。

 でも、私はあきらめてはいない。今朝と同じような気候条件の日があれば、防寒具も整え、温かい飲み物も持って、もっと早い時間帯から見に行こうと思っている。

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反社会的番組          塗り壁女   …  するわけじゃないが  昭和20年代の歌

テネシーワルツ        私が嫌悪する歌   まるで負け惜しみ   冷たい雨の中で

びわ湖幻想              

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             冷たい雨の中で


 今朝、少し早めに起きたら冷たい雨が降っていた。このところ、気温の寒暖差が大きく、最高気温が20度を越えることもあるが最低気温は零度に近い。郵便受けまで新聞を取りにいって冷たい雨に濡れ、身震いしながら部屋に駆け込んだ。部屋のストーブで暖まりながら、私は自分にはちゃんと家があり、家にはストーブがあることに幸せを感じたのだった。

 そんなことを感じていたとき、私はふと「ガザやウクライナの気温はどれくらいだろう?」と気になった。このところガザへのイスラエル軍の侵攻の話を聞かない日はないが、気温のことまで考えてみたことはなかったのだ。そこで早速インターネットで調べてみた。すると、この時期、ガザの気温は10~25℃、ウクライナの気温は-5~5℃と分かった。

 ガザではイスラエル軍の激しい空爆やミサイル攻撃を受けて建物の多くが瓦解してしまった。その映像をTVで毎日のように見る。それぞれの建物では死んだ人もいるだろうがケガをした人もいるだろう。幸いに生き延びたとしても、この寒空の下で被災者たちはどうして夜を明かしているのだろう。おそらく防寒具も着替えの衣類もないはずだ。もちろん体を温めるお湯を調達することもできないだろう。特にケガをして自由に動けない人にとっては、夜の寒さはこたえるに違いない。………。

 そんなことを考えているうちに、またいつもの妄想が頭をもたげた。100万人規模の国際平和義勇軍をガザに送り込む夢だ。義勇軍はガザの人々の生活支援にあたり、人間の盾となって攻撃阻止の役目も担う。そして住民と義勇軍のために大量の救援物資をヘリコプターで送り込むのだ。そうなれば私も参加したいのだが……。

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             まるで負け惜しみ


 北朝鮮が偵察衛星を打ち上げ、衛星は周回軌道に入ったようだ。今年になってから2回失敗しており、3回目でようやく成功させたことになる。このことに関して、岸田総理大臣が「たとえ衛星の打ち上げでも、弾道ミサイル技術を用いた活動は国連決議で禁止されている」と、北朝鮮を非難した。しかし、この解釈は正しいだろうか。まず第1に、国連決議とは言っても、これは北朝鮮自身が関与しない中で採択された安保理事会の決議で、これは北朝鮮が了解したものではない。それは過去の「人声私語」でも指摘したとおりだ。

 そして第2に、決議にはいくつかあるが、例えば2006年の安保理決議1695号では、「弾道ミサイルに関連するすべての活動の停止」を要求しているだけで、「弾道ミサイル技術を用いた活動」の停止を求めているわけではないから、岸田首相の発言は決議の拡大解釈である。人工衛星を打ち上げようとすれば精密な誘導技術が必要でそれが弾道ミサイルの技術と共通するのは自明の理である。もしそれがダメだというのなら、日本や韓国、アメリカを含む世界のすべての人工衛星打ち上げ国が非難されてしかるべきだ。

 だからこそ、過去に北朝鮮が人工衛星を打ち上げたときも、日本政府は「人工衛星と称する弾道ミサイルの実験」だとして北朝鮮を非難したのである。「人工衛星と称する」と付け加えてきたのは、「人工衛星は禁止されていない」という理解が前提にあったからだろう。しかし、今回の場合は人工衛星の打ち上げだということは誰にも否定できなかったから、まるで負け惜しみのようにこのような拡大解釈をひねり出したのである。このような言い分は国際正義にも国際法にも反することだ。

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反社会的番組          塗り壁女   …  するわけじゃないが  昭和20年代の歌

テネシーワルツ        私が嫌悪する歌   まるで負け惜しみ   冷たい雨の中で

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             私が嫌悪する歌


 昭和20年代の曲をまとめて聞いていて、芸者ワルツという曲に行き当たった。インターネットの解説によると、江利チエミのテネシーワルツがヒットしたので、それに対抗する曲ということで作られたのだそうだ。その歌詞の冒頭部分は

 あなたのリードで島田も揺れる、チークダンスの悩ま しさ、乱れる裾も恥ずかしうれし…… 

となっている。いわゆる「お色気」路線の歌だが、私はこういう歌は好きではない。それで作詞家を調べてみたらなんと西條八十となっていて、愕然とした。

 西條八十といえば数々の童謡を書いた詩人ということで私はこれまで好感を持っていたのだ。ところが調べてみると私が以前から嫌っていた「蘇州夜曲」も西條八十だと分かった。私が嫌っていたのは、この曲がいかにも植民地主義的な臭いを感じさせるからだ。中国に進出した日本の大富豪が現地の女性を侍らせて船遊びをする、女性の方もそれに迎合している。この曲はそんな情景を連想させるからだ。実際、この曲は一時期「シナの夜」とともに放送禁止歌になっていたのだという。

 私は「花柳界」とか「お座敷」とか「芸者」とかが嫌いだ。私自身は直接そういう世界を知らないので偏見もあるかもしれないが、こういう世界では金の力をひけらかす人間の醜さが露骨に現れているように感じる。金で女の心を買おうとする男、そんな男をうまくあしらって金を出させようとする女には嫌悪しか感じないのだ。でも、自分が生きるために金を稼ごうとする娼婦に対しては、私はそういう意味での醜さを感じたことはない。

 だから、人間に醜さが表面に出た「芸者ワルツ」や「蘇州夜曲」にも嫌悪しか感じないのである。

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 テネシーワルツ


 1948年にパティーペイジが歌ったテネシーワルツという曲がある。その歌詞の冒頭部分はこんなふうになっている。

 I was dancing with my darlig to the Tenessy waltz

 When an old friend I happend to see

 I introduced her to my loved one,  and while they were dancing

 My friend stole my sweetheart from me

 Ⅰ remember the night,  and the beautiful Tenessy Walts 

つまり、自分が恋人と踊っているときにたまたま友だちに出会ったので、恋人を彼女に紹介したところ、彼女が踊っている間に恋人が心変わりして彼女に走ったというのである。この歌詞にはstole(盗んだ)という生々しいことばも使われていて、この曲は恋人を取られた、悔しく腹立たしい思い出を歌った歌なのだ。そんなできごとから長い年月が過ぎ、ほろ苦い思い出に変わってはいるようだが、心の傷は消えていない。

 ところが、その数年後に江利チエミが歌った日本語のテネシーワルツの歌詞は

 あのテネシーワルツ なつかし愛の歌

 面影しのんで今宵も歌う うるわしテネシーワルツ

となっていて、この歌詞からは恋人を取られたなどという事情は全く感じ取れない。むしろ恋人との甘く懐かしい思い出をしのんでいる歌のように感じられる。原曲の歌詞とはほとんど正反対なのだ。

 こういうことは原曲の歌詞と日本語の歌詞を比べているとしょっちゅう感じることだ。原曲ではストレートに歌われていることが、日本語の訳詞では美化されソフトな表現に変えられる。その結果、原曲の深みが伝わらないどころか、ときには正反対の意味にさえなってしまうのだ。現実を直視せず、タテマエ論やきれい事を常とする日本の風土を私が嫌悪する理由である。

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             昭和20年代の歌


 私は「エフエムひこね」というコミュニティーFM局から放送するラジオ番組を制作していて、そのひとつにMy Favorite Things, My Favorite Songsという音楽番組がある。その番組で2週間ほど前から昭和時代の歌謡史を特集していて、さしあたり昭和20年代の曲を放送した。その中で取り上げたのは「りんごの歌」や「青い山脈」などの定番の曲に加えて「長崎の鐘」、「東京ブギウギ」「アルプスの牧場」「高原列車は行く」などであるが、その選曲の過程で改めて痛感したことがある。

 それは、この時代の歌謡曲にはラブソングがほとんどないということだ。何をラブソングと呼ぶかという問題もあるが、特に1人称で自分の恋心を歌うというラブソングは皆無だった。目立ったのは「星の流れに」とか「岸壁の母」などの戦争の傷跡を歌った歌とか、「アルプスの牧場」「夏の思い出」のような牧歌的な明るい曲である。これは以前からうすうすは感じてはいたのだが、今回改めて痛感させられたのである。昭和30年代、40年代に青春時代を送って、歌謡曲といえばラブソングというイメージを持っていた私にはピンとこない。

 ラブソングがないのは、なぜだろうか。戦前からの道徳的な縛りが残っていて、ラブソングを歌い、聞くのは「はしたない」「恥ずかしい」ことだという感覚があったのかもしれないとも思う。そして「アルプスの牧場」などの高原ものが流行ったのは、あか抜けた明るい西欧世界への憧れだったのかもしれない。特に永世中立を宣言していたスイスは「戦争放棄」した日本の手本とされ、「日本は東洋のスイスになるんだ」などという人もあった。今、そんなことを言う人はいなくなり、まさに「歌は世につれ、世は歌につれ」だと実感したのだった。

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             するわけじゃないが…


 以前「自慢するわけじゃないですが」とか「言い訳するわけじゃありませんが」という言い方をよく聞いた。「自慢するわけじゃありませんが」に続くのは、自慢話である。だから「自慢するわけじゃないですが」というのは、「自慢するのはよくないと思いますが、自慢話をしますと……」という意味だということは誰もが理解していたのだろう。最近はそういう言い方を聞かないが、それは社会の中でそういう物言いが少なくなってきたからだろうか、私が定年退職して社会との関わり合いが少なくなったからだろうか、それはわからない。

 私がこういう物言いを思い出したのは、私が制作しているラジオ番組の関係で昭和23年のヒット曲「星の流れに」を聞いたときに、歌詞に「すさむ心で言うんじゃないが…」という一節があったからである。この曲がヒットしたのは終戦から3年後で、まだ古い社会のしがらみや発想がこの国を支配していたのだろう。この曲の歌詞からは、娼婦であるこの女性の心がすさんでいるとは思えないのだが、社会一般には売春婦=心のすさんだ女という偏見が定着していたから、それに妥協してこういう表現になったのだろう。

 「~するわけじゃない」という言い方は、だれもが身分や立場に応じた振る舞いをすべきであるという強い規範意識が社会の中にある結果として生まれてきた言い方ではないかと、私は感じている。しかしそんな規範など振り捨てて、誰もが自由な立場で「自慢します」と言って自慢し、相手が誰であろうと言い訳などしないですむような社会になって欲しいと、私は思っている。だから「~するわけじゃない」という表現は死語になって欲しいと思っているので、そうだとすればうれしいことだ。

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                 塗り壁女


 ネットニュースで、ふしぎな記事を見た。女性アイドルユニットに所属する「あいす」という女の子が、北海道でのライブを終えて東京へ帰る途中に「日本帰ってきたよ~、さみしいきもちと安心のきもち」とツイートしたというのだ。「それなら北海道は日本じゃないのか」ということになるが、私はこの記事の冒頭部分を読んだ時点では、「まさかそんなことを間違える人がいるはずはない、たぶん『普段馴染んでいる世界』という意味で『日本』ということばを使ったのだろう」と思っていた。ところがその続きを読むと彼女は「北海道の歴史について調べなおし、してはいけない間違いをしてしまったことを深く理解いたしました」と書いているそうだから、こうなるとよく分からない。

 しかし私がもっと気になったのはネットニュースに添えられていた「あいす」さんの写真だ。この写真で彼女は、私が普段「塗り壁」と呼んでいるベタベタの化粧をしている。ちょうど家の壁を漆喰で塗り固めたような化粧という意味だ。そう言えばホストに貢ぐために男たちから金をだまし取って逮捕された「りりちゃん」という女性も同じような化粧をしていた。

 私の周りにはこういう化粧をした若い女性がいないので、なぜこんな化粧をするのかは分からないが、たぶんこういう化粧をした女性は「かわいい」ということで男たちから人気が出るのだろう。あるいは女性の間でもステータスシンボルになるのかもしれないし、本人に自分の素顔を隠したいという願望があるのかもしれない。しかし、いずれにしても不健全な現象だと思う。塗り壁の元祖は京都の舞妓さんだろうが、私は舞妓さんも嫌いだった。女性にも素顔をさらして生きて欲しいものだ。

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              反社会的番組


 先日テレビで不愉快な番組を見た。それはクイズ番組で、2択か3択の問題が出され、解答者が1問正解するたびに賞金額が最高300万円まで上がっていく。ただし、途中で答を間違えれば、それまでの賞金がなくなってしまうので、もし獲得した賞金を確定させたければ、解答者は次の問題が出題されるまでにドロップアウトを宣言しなければならないというルールである。

 私が見た時は、シングルマザーと4人の娘達のチームが出場していて、順調に100万円の賞金まで到達した。そして、そこでドロップアウトして100万円を確定させるか、それを失うリスクを冒して300万円にチャレンジするかの選択を迫られたのである。そのときのナレーターは例の「はたして男」(3月の記事「はたして男とだわよ女」)で、このときも、「はたして!」と絶叫して番組を盛り上げていた。

 私が反発を感じたのは、このお母さんがシングルマザーだと言いながら、300万円に挑戦するかどうかの決断を迫っていたからである。画面で見る限り彼女たちが特に貧しいとは思えなかったが、それでも特別の資産家ででもない限り、シングルマザーで4人の子どもを育てるのは大変だろう。そのことを利用して番組を盛り上げようとしているようで、この番組は不道徳、かつ反社会的だと私は不愉快に感じた。

 もちろん、事前にシングルマザーであることを公表する了解は取っていたのだろう。また、このお母さんはシングルマザーでありながら立派に子育てをしていることを誇りにしていたのかもしれない。しかし、全国放送でそれを公表すれば、何らかの屈折した反応を引き起こす可能性もあることまで考えて欲しかったと思う。

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              特派員報告


 今から60年ほど前、私がまだ中・高校生だった頃、NHKに「特派員報告」という番組があって、私は欠かさずに見ていた。それは日本という狭い世界に住んでいる私にとって、世界に開かれた数少ない窓の一つだったように思う。夜7時代とか8時代とかのゴールデンタイムに放送されていたので、私以外にも多くの人が見ていたのだろう。ところが、いつしかその種の番組はなくなってしまった。

 当時はまだ、一般の人々が気軽に海外に行ける時代ではなかったから、物珍しさもあったのだろう。ところが、その後海外との行き来が増えるに連れて普段から海外事情に接することができるようになり、番組がすたれたのだと思う。しかし、一般人が海外に行くようになったからといって、我々の海外に関する理解が深まったのかといえばそれは疑問だ。なぜなら、一般人の行く先は海外の観光地や大都会が中心で、奥深い田舎や紛争地に行くことはまずないし、現地の歴史や社会に関するそれなりの予備知識がなければ、本当に大切なことに気づくのは難しいからだ。だから、専門的な訓練を受け、経験も積んだプロのジャーナリストによる「特派員報告」が今も有効なのではないかと私は思っている。

 私が「特派員報告」のことを思い出したのは、イスラエルのガザ侵攻を伝えるNHKのイスタンブール支局長の現地レポートをたまたま見たからである。内容の深さという点で私はまだまだ不満だったが、それでもかつて見た「特派員報告」の雰囲気はあった。レポートしようとする社会の底辺にまで入り込んで、そこに生きる人々のリアルな現実や、絶望や希望を伝える「特派員報告」の復活を望みたい。

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           軽の国


 私はよくスーパーへ買い物に行くのだが、そんな時駐車場に並んでいる車を見ると、ほとんどが軽自動車である。国土も狭く道も入り組んだ日本で生活する分には取り回しの容易な軽自動車が便利だからであろう。中には排気量の大きな3ナンバーの車もあるが、車体の大きさはほとんど軽自動車と変わらない車が多くなった。私自身も2年ほど前に小型車から軽自動車に乗り換えたが、高速道路で追い越しをする場合など、ごく特別な場合以外は自分の車に不満を感じたことはない。

 思えば30年ほど前まで、車は大きさと外観を競ってセダンやハードトップが主流だった。その当時から私はそれに批判的で、軽自動車の源流とも言えそうなツーボックス車に乗っていた。私の周囲には豪華な車に憧れる人々が多く、私の中にも多少そういう感覚があったのは事実だが、その後、軽自動車が増えてくるにつれて、私の方が正しかったと自信を持つようになった。

 30年前と言えば、バブルが弾けて不良債権問題などを抱え、日本が停滞期に入った頃だ。それまでは日本の自動車産業や半導体産業が世界を席巻し、国民は世界第2位の経済大国などと浮かれていた。しかし、たかが1億の人口で資源にも乏しい小国がそんなに大きな経済を維持できるはずがない。経済力に関する限り、日本は近い将来、諸外国に追い抜かされていくだろうと考えて、私は日本が「小さくても幸せな国」になることを目指すべきだと言っていた。幸せかどうかはともかく、小さな国になるという予想は当たっていたと思う。

 日本は「軽の国」なのだ。軽自動車がこの国に定着したのと同じように、国家も身の丈にあった存在であり続ければそれでよいと思う。

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              結婚生活42年(5)


 朝8時前にテレビで「おはよう朝日」という番組があって、その中で生まれ月の星座でその日の運勢を占う星占いがある。普段はテレビ嫌いの私なのでほとんど見たことがないのだが、今日たまたま見ていたら12星座の中で最も良い運勢なのが妻の「しし座」で、2番目は私の「射手座」だった。普段から妻はこの番組を見て「たいていしし座と射手座はよく似た運勢だから、私たちは相性がいいのかもしれない」と言っていたのを思い出した私が、そのときテレビの前を離れていた妻に今日の占いのことを言ったら、妻もまんざらではないという顔をした。そしてその後さらに「色占い」があり、その結果でも、今日の運勢は「大吉」だったと言った。

 もちろん、私も妻もこういう占いを本気で信じているわけではない。ただ、こういう占いを軽く話題にすることはある。特に妻は占いとか性格判断とかが好きらしく、私にスマホの画面の図形を見せて「これ何に見える?」と聞いてくることがある。私が何らかの答をすると、その判定結果を読んでくれるのだが、たまたま私の答が妻と同じだった場合など、心なしかうれしそうな顔をするように思える。それはいいことだろう。

 普段、私はラジオ番組を作ることや文化講座で話をするための準備に追われており、妻は太極拳に打ち込んでいる。だから、2人の趣味は全くバラバラだ。世の夫婦の中には、共通の趣味を持って一緒に外出したり、おいしいものを食べ歩いたりしている人たちもいる。でも、私たちのような夫婦もありだと思っている。

 今日は11月の22日、「いい夫婦」の日だ。星占いと色占いの後、妻にそのことを言ったら、妻も「ああそうだね」と答えて、パートの仕事に出て行った。

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         結婚生活42年(4)


 10年ほど前からだろうか、私の妻が「もしお父さん(私のこと)が死んでも、私は絶対再婚などしないわ」と言うようになった。「全く違う感覚で育ってきた2人が理解しあい、折り合えるようになるというのがどんなに大変なことかを身をもって知ったから、あの苦労をもう一度しようとは思わない」と言うのだ。

 私は妻と結婚して、いくつもの不正不満を抱いてきたが、それは妻も同じだったのだろう。というよりも、妻の方が精神的な負担が大きかったのかもしれない。というのは、私は何事に対しても「まあ、いいや」というところがあったのだが、妻は世間の常識を重んじ「かくあるべし」という意識が強い人だったからだ。それを抑えてずいぶん私に妥協してくれていたのだと思う。

 そして、10年前頃から妻がこういうことを言うようになったのは、私たちの関係も一応安定してきたと感じるようになったからだろう。最近でもやはり何日かに1回はケンカをするけれど、私が隣近所に響き渡るような大声を出すことはなくなってきたし、ケンカしても次の日にまでそれを引きずるということもなくなった。

 結婚にもいろいろあって、最初から最後までラブラブの関係を保つ夫婦もあるだろう。どちらかが相手に妥協して平穏な関係を保つ夫婦もあるに違いない。私たちはそのどちらでもなかった。しかしそれはそれでよかったと思っている。私が妻とケンカしたとき、「離婚」ということばが脳裏に浮かんだこともある。でも本気でそうしたいと思ったことはない。最も激しいケンカをしていたときでも、私は心の底では妻を信頼していたし、妻も私を信頼してくれていたのだと思う。私たちの結婚は間違ってはいなかったと誇ってもいいと思っている。 

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                                 シャンプーボトル


 我が家の浴室に、私が40年来使ってきたサンスター「トニックシャンプー」のボトルがある。プッシュ式で、ピストンを押すと適量のシャンプーを手のひらにとることができるボトルだ。詰め替え用のシャンプーが店に売っているので、なくなるたびに詰め替えて使ってきた。いずれピストンが壊れるだろうと思っていたのだが意外と丈夫で、私が結婚してこの家に住み始めて以来、ずっと同じボトルを使っているのである。その間、このボトルは愚直にシャンプーを溜め、忠実に私の手のひらにシャンプーを注いでくれた。

 そんなに長く使っているボトルなので、これを見ると私がこれまで過ごしてきた日々のさまざまな出来事を思い出して、懐かしいような、空しいようなふしぎな感覚にとらわれることがある。あのときはあんな思いをしながら、このときはこんな思いをしながらフロに入っていたと思い出しながら、でもこのボトルはそんなことには何の関わりもなくここにあったのだと感じるのである。私の家庭にはその間さまざまな出来事があった。私の周りの人々も社会も同じだ。でもこのボトルは同じようにここに存在し続けているのだ。

 私たちは物と一緒に生きている。物を使って、その恩恵を受けながら生きている。そうしながら私たちは年老いていく。でも物はそれとともに変化するわけではない。もちろん、物にも寿命があって、日々、劣化しつつあるのだろうけれど、それは私たちが年老いてゆくこととは無関係なのだ。それは寂しいことだ。

 そう言えば、私が今使っているこのパソコンも、もう20年来使っている。何度か修理はしたが、今も愚直に私の要求に応え続けてくれているのである。

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                                    カラスたち


 今朝、湖岸道路を走っていたら、2~30羽のカラスが群がって私の走っている車線全体に広がっていた。見ると車線の舗道側に何かの動物の死骸があり、それを食べようと集まってきたカラスたちのようだった。車が近づいていけばカラスは飛び立つだろうと、私は多少スピードを落としながらそのまま走っていったのだが、獲物に夢中で車の接近に気づかないのか、ほとんどのカラスは飛び立とうとしなかった。このままではカラスを轢いてしまう、と覚悟したものだが、幸い私の車にぶつかったカラスはいなかった。

 それでも気になった私は、そこを通り過ぎたあとバックミラーで後を確認した。するとカラスたちはまるで何事もなかったかのように再び車線全体に広がっていたのだった。それは通勤時間帯だったので、私の車の後にも後続車が続いていたのだが、そんなことにはまるで無頓着な様子だった。

 カラスはどんなふうにして車をよけるのだろうか、それに道ばたに横たわっていたあの動物は何だったのだろうか、そんなことが気になった私は、できれば車を止めてその場の様子を観察したいと思った。しかし片道1車線の道では車を止める場所もなく、私はそのまま車を走らせるしかなかった。

 そんな時思い出したのは、以前、私が通勤する途上でカラスが白い子猫を襲い、カラスにつつかれたらしい子猫が目のあたりから真っ赤な血を流しているのを見たときのことだった。これは「美しい9月の朝に」という文章にも書いた。どちらの出来事も残酷な話だ。でもそれがこの世界で生きるということなのかも知れない。とは思いながらも、やはり気にかかる出来事ではあった。


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                                     おばあちゃんは102才


 びわ湖畔の特養(特別養護施設)に入っている私の母が、先日102才の誕生日を迎えた。そこで私は妹や弟とともに、そのお祝いに特養に母を訪ねた。ただ、残念ながら認知症を患っていて、私たちが訪ねても誰かが分からなくなっている。「僕が誰か分かる?」と聞いてもただニコニコ笑っているだけで誰かは分からないようだ。「息子の正義やで」と言っても、ウンウンとうなずきはするものの、分かったようには思えない。2、3年前までは私が妻や子どもと訪ねれば、私の妻や子どものことは分からなくても、私だけは分かったのだから、だいぶ認知症が進んだようだ。

 それにしても、私は10年ほど前まで母が102才まで生きられるとは思っていなかった。一生苦労し、粗食に甘んじてきた母のことだ、体にはガタが来ているに違いない。平均寿命くらいまで生きられればいいと思っていたのだが、特養の穏やかな環境が幸いしたのではないかと思う。百才を超えたときには母の出身の村で最年長になったと聞いたし、今回102才を迎えて、現在の特養の入所者の中でも最年長になったという。あとは記録を更新するばかりだ。もう十年は生きて欲しいと思う。

 ただ、母を特養に入れていることには後ろめたさもある。認知症がここまで進んだのは穏やかな特養では日常的な刺激がなく、頭を使う必要もないからではないかと思うからだ。その意味では家で生活する方がよいのには違いないけれど、家で介護していればそれが行き届かず、102才まで生きられたとは思えない。今年の敬老の日に、母は長生きしたと施設長から表彰してもらったそうだ。そのエピソードからも、いい施設だと思う。だからもう少しここでお世話になりたい。

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                                    疑問だらけ


 ガザに侵攻したイスラエル軍がガザ市の包囲を完了したという。そしてガザで最大のシファ病院の地下にハマスの司令部があるということで、病院への突入の準備をしているらしい。イスラエルはアメリカのCIAやイギリスのMI6とも並べ称されるくらいに強力なモサドという諜報機関を持っているはずだから、イスラエルの言うことはそれなりに信憑性があるようにも思うが、もしハマスが病院の地下に司令部を置いているということになれば、それは病院の患者や医師を人間の盾として利用しているということで、いかに戦争状態にあるとはいえ、ハマスがそこまでやるだろうかという疑問もある。だから、実際のところどうなのかは分からない。

 というよりも、この戦争ははじめから疑問だらけであった。まず第1の疑問は、ハマスがなぜ大規模攻撃をしたのか、ハマスはイスラエルの反応をどう予測していたのかということだ。そして第2の疑問は、イスラエルがなぜハマスの攻撃を事前に予知できなかったのかということである。穿った見方をすれば、ハマスに攻撃させてそれなりの犠牲を出し、それを口実にガザに侵攻するつもりだったのではないかとさえ思いたくなる。そして第3に、もしガザをイスラエル領に組み込むつもりでなかったとしたら、ガザへの侵攻をどのように決着させるつもりで始めたのかも分からない。

 そして何よりの疑問は、双方が人の命をどう考えているのか、住民の生活をどう守ろうとしているのかということだ。国連の事務総長や人権担当者は、双方が戦争犯罪を犯していると判断しているそうだ。その通りだ。今すぐ停戦、休戦の合意をして、イスラエルは国際的な監視の下にガザ地区から撤退すべきである。

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                                     ふしぎな気分


 車を運転中、一休みしようとあるコンビニの前に車を止めてコーヒーを飲んでいたときのことだ。コンビニの入り口付近に「おでん」と染め抜いた布のノボリが立っていて、それがコンビニのガラスに映っていたのだが、ガラスに映ったノボリの文字が普通に「おでん」と読めたのだ。一瞬、鏡に映った文字は左右が逆になるはずなのにと、不思議な気がした。実際、ガラスに映った私の車のナンバーは逆文字になっている。

 でも、その疑問はすぐに解消した。ノボリは布製で裏表は同じように染め抜かれている。それが駐車場側から見たときその表が見えるように立てられているので、ガラス側から見れば逆文字になっているのだ。それがガラスに映ってもう一度左右が逆転し、結果的に正しく読めたのである。左右が逆転するといっても、実物の左右とガラスに映った像の左右は同じだ。実際、私の左側の車は左に、右側の車は右に写っている。だから、どの物体も左右が正しく写って当然なのだ。

 でもそう考えると、逆に私の頭は混乱した。左右とは何だろうか、鏡とは何だろうかと思ったのだ。物理では像は反射面で実物と対称な位置にできると教えている。つまり反射面に近い物体の像は反射面の近くに、遠い物体の像は遠くにできる。要するに、その像は左右も上下も実物通りで、前後だけが逆転しているのである。とするならば、私から見てごく普通に「おでん」と読める像が見えたのもごく当然だ……。……でも本当にそれでいいのだろうか。ガラスの側から見たら逆文字なのに、こちらから見たらそうではない……ということは、左右というのは見る人間の主観の問題なのだろうか。今だにスッキリしない、ふしぎな気分である。便乗値上げの推奨者     新聞社の生き残る道     重苦しい気分   ふしぎな気分  

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                                   重苦しい気分


 ガザに侵攻したイスラエル軍は、ガザ市の包囲を整えて、間もなく攻撃を開始するということだ。これまですでに空爆やミサイル攻撃でガザの住民が1万人以上死んだのだそうだ。そしてその3割か4割はこどもだという。今後イスラエルが攻撃を本格化すれば、一体どれほどの犠牲者が出るか分からない。

 私は1ヶ月ほど前から、このニュースを聞くたびに重苦しい気分に捕らえられている。今から50年ほど前、高校から大学の頃にベトナム戦争のニュースに接して感じていたのと同じような重苦しさだ。いや、それ以上かもしれない。あのときは、アメリカ軍がベトナムから撤退すればそれですむという希望もあったが、今回は仮にイスラエルがハマスを殲滅してガザを制圧したとしても、それが平和につながるとは思えないからだ。出口が全く見えないのである。

 パレスチナ問題の発端は、強引なイスラエルの建国にあった。私はユダヤ人の苦難の歴史には同情するが、だからといって他人の土地に国家を建設してよいわけはない。そしてその後も、イスラエルは度重なる国連決議を無視して占領地を広げ、そこに入植するという無法を貫いてきた。そしてついには核武装までした。

 今回の問題に関しても、私はイスラエルの側に否があると考えている。たしかにハマスの攻撃が発端で、イスラエルはハマスの攻撃がホロコーストだと非難しているが、圧倒的な軍事力で一般市民を中心に一万人もの犠牲者を出したイスラエル軍の攻撃こそ、ホロコーストと呼ぶべきではないか。ナチスによる民族抹殺、ホロコーストを経験したイスラエルの人々だからこそ、他民族に対して同じ犯罪を犯してはならないと悟って欲しい。

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                                    新聞社の生き残る道


 最近新聞の発行部数が大幅に減っているそうだ。インターネットの普及によって、短い記事や動画で手軽にニュースを見ることができるようになった結果、新聞を読む人が減っているのが主な原因らしい。このままでは新聞社の経営も行き詰まって、新聞というものがこの社会から消えてしまいかねない。でもそうなるとフェイクニュースがあふれ、私たちは一方的な情報に操られて、社会が混乱に陥るのではないかと気がかりだ。

 では、新聞社が生き残る道はあるのだろうか。それは、新聞社が信頼できる情報を発信し続けるプロフェッショナルなジャーナリスト集団として活動し続けることだろう。我々が世界のどこへでも行けるという時代になったとしても、ジャーナリストとしての専門的な訓練を受けた人でなければ、その社会の深層に迫ることは難しい。また、フェイクニュースがあふれる中で本物を見分けるためには、それなりの基礎知識やファクトチェックができるだけの能力が必要である。新聞社がそういうことのできるジャーナリスト集団として存続するならば、たとえ紙の新聞がなくなったとしても、新聞社の価値が失われることはない。

 最近、新聞の記事に取材した記者の名前がクレジットされることが多くなってきた。これはいいことだ。記者が新聞社名を隠れ蓑にせず、記者個人としてそれぞれの記事に責任を持てば、それだけ記事の信頼度が増すだろう。そして、私たち読者は記事の署名を見てその記事の信頼度を判断できるようになる。こんなふうにして新聞社は社の責任で情報を集約・発信する機関になって欲しい。それさえ達成されるなら、情報の媒体が紙であれ、インターネットであれ、関係ない。

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                                   便乗値上げの推奨者


 最近スーパーに行くたびに、ものが高くなったと思う。例えば梨やりんごなどの果物だ。以前は100円から200円で1個買えたのに、最近は300円から400円の値がついている。そして以前は4個か5個のりんごをひとまとめにして袋に入れ、比較的安値で売ったいたものだが、最近そのような袋は見かけなくなった。もちろん、果物だけではなく、野菜や魚介類など生鮮食品のほとんどが値上がりしている。

 値上がりしているものには、その事情が理解できるものもある。たとえば、サンマは不漁だそうだから高値になるのは納得できる。もちろんその値上げ幅が妥当かどうかは別にしての話だ。しかし、スーパーで売られている食品の中には、これがどうしてそんな値段になるの?と思うものも少なくない。私の邪推ではあるが「何もかもが値上がりしている今はいいチャンスだ、この機会にウチの商品も値上げしておこう、多少値上げしても通るだろう」と考えている生産者もいるのではないかと思うのだ。生産者だけではない。流通業者の中にも、生産者が値上げしてくれればウチもそこに少し上乗せできるからと、値上げを推奨するような風潮が生まれているのではないかとさえ思っている。 

 直接生産や流通に携わっている人だけではない。私にはマスコミも値上げの共犯者に見える。あれも上がった、これも上がったという放送をすれば、値上げブームに拍車をかかるからだ。かつて政府はインフレ目標を2%としていたし、今も「値上げ以上の賃上げを」と言っているが、産業構造が変わらない限り賃上げの原資は値上げからしか出てこないはずだ。とすれば、結局ワリを食うのは、私のような年金生活者なのである。

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