2023/08/30

                   8月の記事


8羽の小鳥     …  家の前に8羽の小鳥がいた。ツバメの雛だろうか。

OPEN UP JAPAN   …      OPEN UP JAPAN と書かれた観光バスはカッコイイ!

マイクロ気流    …  私は家の前でマイクロ気流の存在に気がついた

雲の王国      …  雲の上に別世界があると想像してみると楽しい

反核のリアリズム(1)…  ウクライナ戦争は核抑止の有効性を示しているのか

反核のリアリズム(2)…  原爆が終戦を早めて日本を救ったというのは事実だ   

反核のリアリズム(3)…  原爆を落とされた日本がなぜ反米国家にならなかったのか

反核のリアリズム(4)…  核兵器を廃絶すべき理由は大量破壊と制御の困難さだ

反核のリアリズム(5)…  核抑止論を肯定した「広島ビジョン」は認められない

反核のリアリズム(6)…      核廃絶への道は核兵器禁止条約に加入することだ

慶応高校の優勝   …  慶応高校の優勝は新しい高校野球をのあり方を垣間見せた

生殺与奪の権    …  封建社会の「生殺与奪の権」が、未だ日本社会に残っている

白い巨塔      …  志なかばで倒れた財前五郎の最後のことばは「無念だ」だった

典型的な夏     …  猛暑というけれど、今年の夏は典型的な夏だった

マスコミの怠慢   …  処理水の海洋放出についてあなたは知っていますか?

悲しい性(さが)    …   私は権威をカサに着る人たちが出るテレビ番組は大嫌いだ

悲しい性(さが)(2)…  ああ、日本人はなぜかくも権威に弱いのだろうか!

8羽の小鳥    OPEN UP JAPAN       マイクロ気流        雲の王国      

反核のリアリズム(1)        反核のリアリズム(2)    反核のリアリズム(3)

反核のリアリズム(4)   反核のリアリズム(5)   反核のリアリズム(6)

慶応高校の優勝    生殺与奪の権     白い巨塔    典型的な夏     

マスコミの怠慢    悲しい性(さが)     悲しい性(さが)(2)

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             悲しい性(さが)(2)


 私は先に、「一流の菓子職人」ととされる人が、コンビニのスイーツを評価する尊大さについて書いた。また以前は、「これが俳句か」という文章で、俳句の師匠が他人の俳句を評価し、添削する尊大さについても書いた。どちらもテレビ番組だが、評価される側はまるで神の声を聞くような従順さで評価を受け入れるという番組構成になっている。こういう番組が成り立つのは、視聴者も含めてすべてが権威に弱いからだろう。

 さらに、私のスマホの検索エンジンにはさまざまな広告が表示されるのだが、薬やサプリメントの広告には「東大卒の研究者が開発した」とか、「医学博士が推奨している」とか、「NHKで取り上げられた」などという宣伝文句が目立つ。私はそういう文句を見るとそれだけで拒絶反応を示すのだが、こういう広告が出されているのは、「東大」とか「医学博士」とか「NHK」とかの権威をありがたがる人が多いからだろう。

 これはある知人の話だ。クラシックファンのその人はホロウィッツの演奏会を聞きに行った。でも演奏はボロボロで、期待はずれだったという。ところがテレビ局が取材に来ていて演奏を聞いた何人かの著名人にインタビューすると、みんな「素晴らしかった!」「さすがホロウィッツ!」と絶賛したというのである。それからしばらくしてホロウィッツ自身が「日本は体調が悪く、まともな演奏ができなかった。申し訳ないので、もう一度演奏させて欲しい」と再来日したというのだ。絶賛した人たちは権威に目がくらんでいたのだろう。

 かくも左様に、日本人は権威に弱い。ミシュランの星の数も、おそらく欧米では判断材料の一つに過ぎないのだろうが、日本では崇高な権威の星々なのだ。

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             悲しい性(さが)


 私はテレビをほとんど見ないのだが、それは私がたいていの番組に不愉快さを感じるからだ。中でも特に腹立たしいのは偉そうにする人が出てくる番組で、先日その典型的な番組を見た。見るに堪えないので短時間でチャンネルを変えてしまったのでタイトルは分からないが、新聞のテレビ欄では「ジョブチューン」となっていたので、それが番組名かもしれない。

 この番組はローソンのスイーツ部門の開発担当者が自信作の商品を提供し、超一流のスイーツ職人と称する人がそれを試食して、合格か不合格かを判定するという内容だった。まず担当者がその商品のコンセプトを説明し、続いてジャッジと称するスイーツ職人がそれを試食する。そのとき、試食者は笑顔を浮かべたり顔をしかめたりするのだが、カメラは丹念にそれを追う。開発担当者はそれに一喜一憂しながら祈るような面持ちで見つめているのだ。そこで「この商品は合格か、不合格か、果たして!」とナレーターの絶叫が入って、5人のジャッジが合・否の札を上げるのだ。

 私はジャッジに向かって「アンタは何様だ」と言いたい。他人が心血を注いで開発した商品をたった一度の試食で合格とか不合格とか判定できるほどアンタは偉いのか。そしてこういう番組を作って平気で放送している制作担当者の人権感覚のなさにも腹が立つ。さらに言えば、その番組を喜んでみている視聴者も同罪だ。

 こういう番組が成立するのは、誰もが「一流職人」という権威に弱いからだろう。商品開発担当者は席を蹴ってもいいはずなのに、おとなしくジャッジの判定を受け入れるのは、テレビ局がそれを要求しているからだろう。それは権威に弱い日本人の性(サガ)かもしれない。

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             典型的な夏


 ここ数日、関東や東北では最高気温が35度を越える猛暑日が続いているようだが、私の住んでいる関西では、最高気温はほぼ35度以内におさまっているようだ。その理由は、空に雲が多くなったからだろう。その雲には積乱雲のように上へ上へと立ち昇る雲もあるが、秋のように水平方向に薄く伸びる雲も見られるようになった。今は夏から秋への転換期であるらしい。

  振り返ってみると、今年の夏は典型的な夏だったという気がする。梅雨明けは7月の20日頃だったと思うが、それから約10日間は空にほとんど雲のないカンカン照りの日が続いた。連日の猛暑日で、私の車の温度計は毎日37度、38度を示していた。一度は39度という表示が出たこともある。これは例年のことだ。

 しかし、「梅雨明け10日」とはよく言ったもので、8月に入るとこのような暑さは少し和らいだ。まだ猛暑日はあったものの、空に雲が現れ始めて、気温が35度に届かない日も出てきた。「夏の朝曇り」と言って、朝は空に雲があっても日中にはその雲が取れることも多いのだが、今年の夏は一日中、空が雲に覆われていることもあり、時にはその雲から短時間、雨が降ることもあった。それはお盆前にやってきた台風の影響が早くから現れていたからかもしれない。夏の台風は雨台風というが、幸い私たちの地域にはたいした被害はなかった。

 しかし、台風が過ぎた後も「台風一過の青空」とはならず、不順な天候が続いた。空は雲に覆われ、連日、雷が鳴ったり、短時間の雨が降ったりしたのだ。

 そして数日前、私は家の前でトンボの群れを見かけ、その夕方、コオロギの初音を聞いて、秋が近いことを実感したのである。       (8月26日、記)

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             白い巨塔


 テレビで放送されていた、「白い巨塔」というドラマが、最終回を迎えた。これは山崎豊子の同名の小説をテレビドラマ化したもので、20年ほど前に放送されたものが、今回、再放送されたのである。このドラマは私も妻も好きで20年前には私と妻、それに子ども達も加わって家族全員で見たのだが、今回は私と妻と2人で見た。そして2人ともドラマの世界にはまった。

 ドラマの舞台はとある国立大学の医学部で、ここにガン治療を専門とする財前という外科医と、里見という内科医がいた。財前は国際癌学会で公開手術を行うほどの手術の名手、里見はガンと遺伝子の関係に関する研究で学会から表彰されるほど優秀な研究者である。2人は学生時代からの親友なのだが、大学病院の中での生き方や患者に向き合う姿勢は対照的だった。

 ある時、里見が自分の患者を財前に託したところ、自分の栄達に気を取られた財前はガンの転移を見逃して手術を強行し、それによって患者の死期が早められた。そのことで患者の遺族が財前を訴え、その裁判では里見も患者側の証人となった。親友同士の全面対決だ。裁判ではいろいろな経過もあったが、結局は財前は負け、追い打ちをかけるように財前自身がガンにかかっていることが分かって、余命3ヵ月の宣告を受けた。

 しかし、そうなって2人の信頼関係が改めて証明されたのだ。誰よりも財前を心配していたのは里見であり、財前も里見に対して、ガンと戦う同志としての信頼を失ってはいなかったのだ。志なかばにして倒れた財前の、「無念だ」という最後のことばに彼の思いが凝縮していた。20年前に聞いて感動し、印象に残っていたこのことばを、私は今回の放送で再び聞いたのである。

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               マスコミの怠慢


 福島第1原発の廃炉作業にともなって発生したトリチウムを含むALPS処理水の海洋放出が始まった。それは果たして安全なのだろうか。中国は日本からの海産物の輸入を全面的に禁止したとそうだし、日本の漁業関係者も風評被害を心配しているというのだが、そのことはどう考えればいいのだろうか。

 結論から言えば、私は海洋放出に問題はないと思う。しかし、それはこの問題が起こってからインターネットでさまざまな情報に当たったからで、それまでは、この問題に関してほとんど知識を持っていなかった。それはこれを読んでおられる皆さんも同様だろう。では、皆さんは次のような質問に答えられるだろうか。

①ALPS処理水とは、どのような水なのか。

②トリチウムとは何か。それはなぜ有害なのか。

③吸着や濾過などでトリチウムを取り除けないのか。

④海水で薄めても、トリチウムの総量は変わらないはずだが、それでいいのか。

⑤原子炉内にはトリチウム以外の放射性物質もあったはずだが、それらはなぜ問題にされないのか。

 理科の教師だった私は、②や③には答えられたが①や⑤(実はこのふたつは同じ内容である)には答えられず、インターネットでその答にたどり着いたのだ。しかし、わざわざインターネットで調べようという人は少ないだろう。とすれば、こういうことがテレビのニュースショーや新聞の記事として取り上げられてもいいはずだが、私の見た限りではそのような報道はなかった。今、最も大切なのは海洋放出の安全性だが、それに関わる基本的な事実を棚上げにして、政治家や関係者の発言の報道に終始しているのはマスコミの怠慢だろう。

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               生殺与奪の権


 ビッグモーターによる自動車保険の不正請求が問題になっている。客の車を意図的に傷つけて多額の保険金を請求していたというのだ。報道によれば保険会社との癒着もあったようだが、そんなふうに不正請求されれば損をするはずの保険会社がなぜそんな不正を見逃していたのか不思議な気がする。さらに最近では、ビッグモーターの社員が店舗の前に除草剤を撒いて、街路樹が枯れるという被害が出ていることが明らかになったという。

 社員が除草剤を撒いたのは、ビッグモーター創業者の息子である副社長が「環境点検」と称して各店舗を廻り、そのときに店の前に雑草が一本でもあれば副社長の一声で担当者が降格されるということが繰り返されていたからだそうだ。降格人事はビッグモーターではごく普通のことだったようで、それは店の営業利益をあげるためではなく、社内での権力構造を維持するために行われていたらしい。しかも、それは単に慣行として行われていたのではなく、同社の「経営方針」という正式文書の中に、「上司は部下に対する生殺与奪の権を持つ」と書かれており、降格人事を利用して部下を掌握することは、会社全体の方針だったらしいのだ。

 生殺与奪の権を持つ、つまり、生かすも殺すも与えるも奪うも自由自在というのは、封建社会で身分上位の者が下位の者に対して持っていた権利で、そういうものがいまだに残っているのである。おそらくビッグモーターに限らず、ブラック企業と呼ばれる多くの会社がそうなのだろう。労働者を守る枠組みとして労働3法があるがそれでは不十分で、労働者個人の日常的な権利を守るような、そして労働者が気軽に利用できるような仕組みが必要なのではないかと、最近思っている。

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             慶応高校の優勝


 私は高校野球ファンではない。だからテレビ中継を見ることもあまりないのだが、今年の決勝戦はたまたまテレビをつけていたので、仙台育英と慶応の試合をほぼ全部見た。試合はいきなり慶応高校の先頭打者ホームランで始まった。これからして異色なのだが、私が驚いたのはホームランを打った丸太選手の顔色がまるで化粧でもしているかのように白かったことだ。丸太選手以外も、慶応の選手の顔色は概して白かった。これまで見慣れた高校野球選手とはまるで違う。なぜだろう?

 最初は慶応のことだからドーム式の練習場でも持っているのかと思ったのだが、後でこれは日焼け止めをして練習していたからだと知った。そして、これは試合終了後にインターネットを見て知ったことだが、慶応の選手は長髪だったのだという。化粧も日焼け止めも禁止、頭は丸刈り、プレーの一挙手一投足まで監督の指示に従うというのがこれまでの常識だったけれど、慶応高校の森林監督は「エンジョイベースボール」を掲げて、これまでの常識に挑戦しているのだという。

 これを読んで思いだしたのは「世界一強い野球、世界一楽しい野球」を掲げて多賀少年野球クラブを率いて、小学生野球の全国大会で2度全国優勝をした辻監督のことだ。辻監督のことは、以前「辻正人さん」という文章に書いたが、辻さんや森林さんの努力もあって、古い野球のあり方が徐々に変わりつつあるのを感じる。

 私がこれまで高校野球にあまり興味を感じず、テレビ中継も見なかったのは、根性主義の監督の下で、選手がまるでロボットのように動くことに反発を感じていたからだ。でも、もしこういう「楽しい野球」が広まっていったら、私も高校野球ファンになるかもしれない。

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             反核のリアリズム(6)


 広島、長崎でそれぞれ平和宣言が発表されたが、どちらも「核抑止」論を否定し、核廃絶に向けた国家的な取り組みの必要性を強調している。特に広島の平和宣言では「世界中の指導者は、核抑止論が破綻しているということを直視し…」と書いて、核抑止理論が破綻していると明確に述べているのである。私はこれらふたつの平和宣言がともに市長の名前で出されていること、すなわち、両市の市民の総意として出されていることに留意すべきだと思っている。

 しかし、そうは言っても、プーチンが核による威嚇を行うだけで実際には核を使用しないのは、核抑止が効果を発揮しているからだという見方をする人もいるだろう。でもそうだろうか。前にも書いたが、仮にプーチンがウクライナで核を使っても、NATO側は戦争の拡大を恐れて核による報復はしないだろう。プーチンはもともと核を使うつもりなどなかったか、核を使うことによって全世界から孤立することを恐れているのである。

 そうなのだ。核を持たない国に対して核攻撃をすれば、世界から孤立する。その事実は、世界から核をなくす道筋を指し示している。現在でもすでに世界の100カ国が核兵器禁止条約に加入している。その数を少しずつ増やしていけばいいのだ。さしあたり日本もアメリカの核の傘から出て、核兵器禁止条約に加入し、参加国を増やしていくのだ。こうして核保有国以外がすべてこの条約に参加すれば、核保有国は非保有国を攻撃できなくなる。核保有国が核廃絶条約を結ぶなどということは期待薄だが、それは核廃絶の第一歩になり得るだろう。

 それでもどこかの国の狂った指導者が核を使ったら? そのときは、腹をくくって核攻撃を受けるしかない。

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         反核のリアリズム(5)


 岸田首相の地元広島で、G7首脳会議、いわゆる広島サミットが行われ、広島を訪れた各国首脳は岸田首相の案内で広島の原爆資料館を見学したという。これはいいことだ。一国の首脳レベルになると、どうしても核兵器をその威力とか、効果というマクロな視点で考えがちになるのだろうが、それを1人1人の被爆者というミクロな視点で認識するきっかけにはなったはずだと思うからだ。それを今後どのように活かせるかは、それぞれの首脳の資質にかかっている。

 しかし、首脳達が核兵器に関してまとめた「広島ビジョン」については、賛同できない。この文書の中で首脳達は核兵器の廃絶を「究極の目標」と呼び、「核兵器は…、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、戦争及び威圧を防止すべき」と書いているからである。これはいわゆる核抑止論を首脳全員が認めたということで、核兵器肯定論に他ならない。核兵器の肯定論などを「広島ビジョン」と銘打って発表して欲しくはなかった。そんなことをするくらいなら、原爆資料館の見学だけで、共同声明など出さない方がよかったと思うのだ。

 それに「広島ビジョン」を読んでみると、執拗にロシアや北朝鮮、イランなどを非難する文言が並んでいる。しかし、その場に参加していない国々を非難して何の意味があるのか。私の印象としては、井戸端会議でその場にいない人の悪口を言い合って溜飲を下げている人々のゲス根性と何ら変わらない。

 もし意味のある「広島ビジョン」を出したかったなら、「我々は核兵器の悲惨さを再確認した」「核保有国は非核保有国に対して核兵器を使わない」という、ただそれだけの宣言を出せばよかったのだ。

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             反核のリアリズム(4)


 原爆の非人道性、特に広島、長崎の被爆者の悲惨な姿は世界に訴えていかなければならない。たとえば、インターネットで原爆資料館の全資料を公開することなども考えてみてもいいのではあるまいか。しかし、私はその悲惨さゆえに核兵器を禁止すべきだと考えているわけではない。なぜなら、兵器というものがすべて人間を殺すものである以上、他の兵器の被害者も断末魔の苦しみを味わわねばならない。だから、悲惨さという点は核兵器を特別視する理由にはならないと思うのだ。

 それでも私が核兵器を禁止、廃絶すべきだと考える理由は、まず第1に核兵器が大量破壊兵器であるということ、つまりその被害は無差別的で広範囲に及ぶことである。そして第2に、放射能の被害は攻撃対象にとどまらず、全地球規模で長期間に渡るからである。さらに第3には核兵器の制御の難しさ、つまりひとたび核兵器が使われれば、その後は制御不能になるからである。

 偶発性の危険も無視できない。1962年のキューバ危機の際、キューバのミサイル基地からアメリカ本土に向けた核ミサイルの発射準備が整っていることを知らずに、アメリカは基地への攻撃を検討した。もし攻撃が行われていれば核ミサイルが発射され、核戦争が始まっていただろう。また、核魚雷を搭載したソ連の潜水艦をアメリカが爆雷で攻撃し、ソ連潜水艦が核魚雷を発射する一歩手前までいったものの、潜水艦の副艦長が強力に反対したため、事なきを得たというできごともあった。

 そしてさらに危険なのは、独裁国家などで国家や指導者の地位が危うくなったような場合に、指導者が自暴自棄的に核の使用を命じる場合である。きっかけが何であれ、一度核が使われたら取り返しがつかないからだ。

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        反核のリアリズム(3)


 「核のリアリズム(2)」で、私は広島、長崎への原爆投下で日本の降伏が早められ、日本は千万人単位の犠牲者を出すこともなく、領土の一部をソ連に占領されて分断国家になることも避けられた、と書いた。それではアメリカの原爆投下を認めるのかと聞かれれば微妙だが、もしそのとき私自身がアメリカの為政者で原爆投下の可否を決断する立場にいたとすれば、私も同じ決断をしたのではないかと思う。

 論者の中には、いきなり都市部に原爆を落とすのではなく、無人島などに落として威力を知らしめるべきだったという人もいるが、それは当時の実情を無視した空論である。仮に無人島に原爆を投下して島一つが消滅したとしても、当時の軍部は情報統制を徹底し、その事実を隠蔽して、それが日本の降伏につながる、あるいは早めることにはならなかっただろうからだ。

 広島、長崎の原爆であれほどの惨状を経験しながらも、戦後の日本人の間に、それを根拠とした反米感情が蔓延しなかったのは、アメリカによる占領政策が的確だったこともあるが、私がこれまでに書いてきたような事実を当時の日本人がそれなりに理解していたからではあるまいか。実際、原爆被害から2年後、広島で行われた平和祭で発せられた広島市長名の平和宣言の中には「しかしながらこれ(原爆)が戦争の継続を断念させ、不幸な戦を終結に導くことになったことは、不幸中の幸いであった」と書かれている。「不幸中の幸い」ということばには違和感を感じるし、この宣言がアメリカの占領下で行われたものであることも考慮しなければならないが、これがそれほどの抵抗もなく受け入れられたのは、当時の日本人の一般的感覚を示しているのであろう。

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             反核のリアリズム(2)


 広島、長崎の原爆の犠牲者は約20万人である。これは、それに先立つ東京・大阪などの本土大空襲の死者数の総計や、沖縄戦の死者数とほぼ等しい。 

 さて、この広島、長崎への原爆投下についてアメリカ側は公式には「原爆は終戦を早め、より多くの犠牲者が出るのを防ぐことができた」と評価しているようだ。それに対して、最近では「原爆の投下がなくても、この時点では日本の降伏は目前に迫っており、原爆の投下は必要なかった」という論議もよく聞く。しかし、私はその見方に賛成できない。それはなぜか。

 この当時、日本は本土決戦をとなえて、特攻訓練や竹槍訓練などをしていた。一方、アメリカ側は九州や関東への上陸作戦を計画しており、秋にはそれが発動される予定だった。さらにはソ連の対日参戦も間近に迫っていた。この状態で本土決戦に突入すれば全国至る所で激戦となり、指揮系統を失った日本軍や民間人が各地でゲリラ戦を展開して文字通り玉砕しただろう。追いつめられた人々の中には集団自決を選ぶ者も出たに違いない。

 沖縄戦ではそのようにして20万人の犠牲者が出た。当時の沖縄の人口は50万人だというから実に人口の4割が犠牲になったことになるが、仮に本土の人口を8000万人としてこの比率を当てはめれば、実に3200万人が犠牲になる可能性があったということだ。

 さらに、ソ連が参戦していればどうなったか。ソ連は電撃的に北海道や東北を占領し、首都圏や西日本を占領したアメリカと対峙して、日本は分断国家になっていたかもしれない。原爆など投下しなくても、何ヶ月後かには日本が降伏していただろうという人もいるが、その何ヶ月かが決定的に重要なのである。

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        反核のリアリズム(1)


 私は以前、日本はアメリカの核の傘から出て、核兵器禁止条約を締結・批准すべきだ、さらに世界にその動きを広めていくべきだと書いた。その考えは今も変わらない。ところが、最近、ウクライナ戦争と関わって核抑止は有効であり、日本も核抑止力を持つことが必要だと論じる人も多い。でも、本当にそうだろうか。

 ウクライナ戦争で核抑止力が機能しているというのは、プーチン大統領が核の使用もあり得るかのような発言をしながらも、実際は使用していないからだろう。ロシアが核を実際に使わないのは、NATOによる核の反撃を恐れているからだと見ているのである。でも、私の見方は違う。ロシアが核を使えば世界中からロシアに対する非難が集中し、現在はロシアに同情的な中国なども離反して、ロシアの国家としての存立さえも危うくなる、それを恐れているからだと思うのだ。

 それに、ロシアがウクライナで核を使ったとしても、NATO側は核による反撃はしないだろう。そんなことをすれば、この戦争で核を使った国としてロシアと同列に見られてしまうし、歴史にもそのように記されるだろう。それにロシアからNATO諸国本土への核反撃の可能性も考慮しなければならず、場合によっては全面核戦争に発展する可能性すらある。そうなれば、放射能が全世界に拡散し、世界は甚大な被害を受ける。

 このように考えてみれば、現代の世界で核兵器を使用することなど、不可能なのである。現在の核兵器は過去の米ソ対立の時代に配備されたもので、確かにその時代には核抑止という考え方がそれなりに意味を持ったことは私も認める。しかし時代は変わった。我々はそれを認識し、リアルな目で世界情勢を見つめるべきなのだ。

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         雲の王国


    立ち上がる 雲の王国 サルスベリ

 空気中の水蒸気が冷やされると微少な水滴になり、雲を作る。そのとき熱を放出するので、その空気は暖められて膨張し、周囲の空気より軽くなって空気塊として上昇する。ところが上空ほど気温が低いのでその空気は冷やされてまた雲を生じ、そのとき暖められた空気はさらに上昇して雲を作る。その繰り返しによって、上へ上へと雲が成長していくのが積乱雲だ。

 白く輝きながら夏空に勢いよく立ち上がっていく積乱雲には圧倒的な存在感があって、そこに地上からは隔絶した世界が存在するように感じることがある。そんなことを私が感じるようになったのは、もう何十年も前、私がまだ子育てをしていた頃、こどもたちが「ドラエモンとのび太の雲の王国」というアニメを見ているのを、横から見たのがきっかけだった。「雲の王国」ということばが強く印象に残ったことを覚えている。

 あの真っ白な雲の上に別の世界があると想像してみると楽しい。そういう想像は、冒頭に書いたような科学的な認識とは正反対だが、そんなことはかまわない。私の中では、両方が同時に存在している。

 ドラエモンのアニメでは雲の王国は地上世界と対立する存在で、雲の王国に行ったドラエモンとのび太は地上世界を救うために、自分達が地上へ墜落することを覚悟の上で「雲消しスプレー」を噴射する。そのラストシーンが感動的だったのだ。もちろんこれはこれでいいが、逆に地上世界と雲の王国が平和に交流する物語があってもいいではないかと思った。そこで、そういう物語が作れないかと考えてみたが、想像力に乏しい私には無理だった。それでも私は雲の王国を夢見ている。       (冒頭の俳句のサルスベリは赤いサルスベリです)


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        マイクロ気流


 私の隣の家にサルスベリの樹があって、今、白い花が満開なのだが、その花は珍しい構造をしている。おしべやめしべがある花の中心部から周囲に向かって数本の柄が伸び、その先に花びらがつくのである。その花びらは一円玉くらいの大きさのティッシュペーパーをクシャクシャと丸めたかのような形で、シワがあって全体は球形に近い。その大きさは少し小さめのビー玉くらい、とは言っても、薄い花びらだから、手のひらに乗せてもほとんど重さを感じないくらいに軽い。

 ある日の朝、私が路地の切石に腰掛けてタバコを吸っていた時、路地にサルスベリの花びらが数百枚、散っているのを見かけた。ところが、ある時、そのうちの隣り合った2枚がコンクリートの路地をスーと滑って1メートルほど先でピタッと止まったのである。滑ったように見えても実際は転がったのだろうが、不思議だったのはその2枚から10センチほど離れたところにあった他の花びらが全く動かなかったことだ。その後気をつけてみていると、同じようなことはたびたび起こった。コンクリートの上のごく狭い範囲で微かな気流が発生して、そこにあった花びらだけが動いたのだろう。私がこれまで想像したこともない現象で、私はこれをマイクロ気流と名付けることにした。

 そうこうしているうちに、私も感じる程度の微風が吹いた。すると花びらもいっせいに動いて、あちこちに花びらの渦ができたのだ。これも不思議だった。風と言えば、普通一方向への空気の流れを想像する。でも、高々2メートルほどの幅の路地のあちこちに渦ができるほど複雑な気流ができていたのだ。これもマイクロ気流と名付けて、一度研究してみたいと思ったのだった。

                 白いサルスベリの花

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                                  OPEN  UP  JAPAN


 最近私は高速道路を走る機会が少なくなったが、10年ほど前、高速道路でOPEN UP JAPANと大書された観光バスをよく見かけた。車体の側面に海に沈む夕陽のような赤い太陽と、OPEN UP JAPANという赤い文字が描かれていたのだ。私はこの迫力のあるデザインが好きだった。しかも、たびたびそのバスに出会ったので、これはよほど大手の有名なバス会社のバスだろうと思い込んでいたのである。

 ところが、何年か後、彦根市内で私の車の前を走っているそのバスを見た。すると、小さな字で「彦根観光バス」と書いてあったのだ。何と彦根のバス会社のバスだったのである。高速道路で追い越したり追い越されたりする時はそんな小さな字まで見ている余裕はなかったので、気づかなかったのだろう。彦根の会社のバスならば、彦根に発着するのだから、この付近の高速道路でよく見るのも当然だったと納得した次第である。それが彦根の会社のバスだと知って私はその会社に親近感を感じた。いや、誇らしく感じたと言ってもいいほどだ。

 よく似た経験がある。これも10年ほど前、少し離れた学校へ時間講師として勤めていた頃のことだ。私の通勤路に緑色の文字で「お庭のこと、全部」と書いた造園業者の看板が立っていて、私はこの看板のセンスが好きだったのだ。普通なら「造園作業全般」などと書くところだろうが、そういう無味乾燥なことばではなく、親しみの持てる表現で、「お庭のこと、全部」と書いているのだ。「お庭」も「こと」も「全部」もよかった。私は昔コピーライターになりたいと思ったこともあるくらいだから、広告のコピーはいつも気になる。最近その道は通らないが、今もこの看板はあるのだろうか。

                彦根観光バス(インターネットより)

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                                  8羽の小鳥


 先日の朝、玄関前に出てみたら、すぐ前の光ケーブルに5羽、それから1メートルほど離れた電線に3羽、見慣れない鳥がとまっていた。身長はスズメくらいなのだが、スズメよりはずっとスリムで、長い尾があるように見えた。特徴をよく見ようと思ったのだが、逆光で空が明るすぎるのと、少し距離があるのとで、よくは分からなかった。ただ、羽根は黒いように見えた。

 この小鳥たちを見て最初に思ったのは、この小鳥たちは1ヶ月ほど前、我が家の前に巣作りをしていたヒヨドリの雛たちではないかということだった。我が家の前の巣は放棄したものの、どこか別の所に巣を作ってそこで雛が誕生したのかもしれない。でも、ひとつがいのヒヨドリが生む卵は3~4個ということだったので、8羽というのは多すぎる。それに、あのヒヨドリが我が家の近くに帰ってくるとも思えない。

 そこで次ぎに思ったのは、どこか近くの巣で生まれたツバメの雛たちではないかということだった。この付近でツバメの巣を見かけた記憶はないが、どこかに巣があっても不思議ではない。もし巣立ったツバメだとすれば、近くに飛び方を教え、雛たちを守る親鳥がいるのではと探してみたが、それは見あたらなかった。

 しばらく小鳥たちはほとんど動かずにいたが、やがて2羽が不意に飛び立ち、残りの鳥たちもそれを追うように飛び立った。ところが、なぜか2羽だけが遅れて、しかも他の鳥とは逆方向に飛び立ったのだ。これではあの2羽ははぐれてしまうのではないかと心配になってその行方を目で追っていたら、なんと、先に飛び立った鳥たちは隣家の屋根の上を旋回しながら待っていてくれて、8羽は一緒になってどこかへ飛んでいったのだった。 

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