2023/01/31

                                           人声私語23 1月の記事 

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私の大失敗    … 1188は「いい母」か「いいパパ」かという、私の軽率な発言

テレビがうるさい … テレビをうるさく感じるのは、年のせいか、テレビのせいか

月は東へ火星は西へ… 晴れた夜空を、月は東へ、木星や火星は西へ動いていった

世界に一つだけの花… こんな人もいるんだ! 人生相談の信じられないような投書

ねえねえ症候群  … 中継で「ねえ」を連発するテレビレポーターの無責任さ

盗まれた金魚   … 大切にしていた100匹もの金魚が、全部盗まれてしまった

あれから30年  … 人声私語94からもう30年、時の経つのは速いものですね!

生命保守派    … 中絶反対! リベラルな私も生命倫理に関しては私は保守派です

NATOの責任  … ウクライナ戦争を招いたのは、NATO諸国のロシア包囲網だ

サントスの脅威  … 恐るべし! 出自も、学歴も、職歴もウソの下院議員が誕生した

犬を飼う資格   … 道路に首輪やリードを付けた犬の無残な死骸があった

火災報知器が~    … トイレの「火災報知器が作動します」という禁煙表示は脅迫だ

武村正義さん   … 日本を洗濯しようとした政治家・武村正義さんと私の接点、

栗本英世さん(1)… 栗本英世さんは、キリスト教精神を体現したボランティアだった

栗本英世さん(2)… カンボジアで、人身売買をなくすための「こどもの家」

栗本英世さん(3)… ボランティアは手伝うだけ、地域の人の力で建てた「寺子屋」

栗本英世さん(4)… 善意の「慈悲魔」のために先生になれなかった少女の無念

雪のない冬    … 去年は大雪、今年は雪なし、これも地球温暖化の結果だろうか

これが俳句か?  … 俳句の核は感動のはず テレビのプレバトは単なる言葉遊びだ

様変わり     … 世の中はすっかり変わった 私が若かった昭和の時代が懐かしい

スズメのお宿   … 以前は我が家の軒下にスズメのお宿があったのだが……

漫才CMは嫌い  … ツッコミがボケをいじる漫才は嫌い そんなCMは不愉快だ

ほめて殺す    … ほめるのはいいけれど、殺すことにもなりかねない

最後の犬     … どんなに遠くに離れていても、お前が俺には最後の犬さ

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「人声私語ダイジェスト」(30年前の人声私語のダイジェスト版)へ

2023/01/26

                                              スズメのお宿 


 我が家の玄関脇の壁際にモッコウバラの樹がある。最初は小さな苗木を植えたのだが、またたく間に大きくなって、2,3年後には屋根の庇に着くまでになった。当然、横幅も奥行きも広がって、こんもりとした大樹のように見えた。4月になると、タンポポのような形で大きさもちょうどそれくらいの黄色い花がいっぱい咲く。

 その茂みの中に、4、5年前から2羽のスズメが来るようになった。毎年、10月ごろになると夕方前にやってきて一晩その中で過ごしているらしく、朝、日が昇る頃からチュン、チュンとさえずるのである。家の中にいるとそうでもないけれど、玄関に出るとやかましいくらいで、私が近くまで行くと驚いたように飛び出してくるのだった。そして、しばらく近くの屋根や電線にとまってさえずった後、どこかへ飛んでいくのである。そういうことが、毎年春になるまで続いた。

 2羽なので、私はつがいではないか、この茂みに中に巣を作っているて、春になればかわいい赤ちゃんが見られるのではないかと期待した。でもそうではなかったようでいちども子スズメは見たことはなかった。


 ところが、去年は秋になってもスズメはやってこなかった。まるで家族のメンバーが欠けたようで寂しく、毎日朝起きるたびに見に行ったものだが、来ている気配はなかった。そこで、ちょうど良い機会だと考えて、11月頃、伸び放題になっていたモッコウバラの枝を思い切って剪定した。これでもう今年はスズメがやってくることはないだろうと、それはスズメへの思いを断ち切るための決断でもあったように思う。

 その枝は今、少しずつ伸び始めている。今年こそはスズメたちに再会したいものだ。

スズメのお宿(モッコウバラの茂み)

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 私の大失敗   テレビがうるさい   月は東へ火星は西へ      世界に一つだけの花

ねえねえ症候群     盗まれた金魚   あれから30年     生命保守派 

NATOの責任  サントスの脅威  犬を飼う資格   火災報知器が~   

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スズメのお宿   漫才CMは嫌い  ほめて殺す    最後の犬  

   

                                             ほめて殺す 


 勉強でもスポーツでも、こどもの能力を伸ばすにはほめて育てるのがいいとよく言われる。私も基本的にはそれに賛成である。ほめられれば子どもは自信を持って次の段階にチャレンジしようという意欲も持つ。また、ほめられたことによって自分が周囲から認められていると感じれば、周囲の人々へ信頼感を持つことができるようになり、社会への帰属意識も強まる。

 しかし、ほめるということの根底には相手への愛情や理解がなければならない。ところが、最近では単に指導上のテクニックとして「ほめる」ということが流行しているのではないだろうか。たとえば、答案用紙にいくつも花マルをつけるというようなやり方だ。それでは、こどもがほめる側の都合を見透かしてシラケてしまうことにもなり、逆効果になることもあるだろう。

 さらに問題なのは、こどもが周りの評価ばかりを気にして、周りから評価されることでなければ本気で取り組まないようになるということだ。それはこどもから自主性や主体性を奪っていることに他ならない。

 また、うまくいきそうにない、ほめてもらえそうにないときは、何だかんだの理屈を付けて目の前の課題から逃げるという習性を身につけさせることにもなりかねない。目の前のブドウに手が届きそうにないと思うと、「どうせ酸っぱいに違いない」と、あきらめてしまうのである。心理学で言う「合理化」というやつだ。

 勉強でもスポーツでも社会的な活動でも、自分自身の中に意欲が湧いて、それが向上心につながるのでなければ、本物にはならない。そのような意欲を持たせるのが本当の指導だろう。ほめるということが、ほめて殺すという結果にもつながりかねないことに注意したい。

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                                              テレビがうるさい


 年をとったせいだろうか、最近テレビをうるさく感じるようになった。ニュースショーも、トーク番組も、バラエティー番組も、CMもすべてがうるさく感じられるのだ。昔、こどもたちが家にいた頃はほとんど一日中テレビがつけっぱなしになっていたが、特にうるさいと感じた記憶はない。ところが最近はけっこうテレビ好きの妻がテレビをつけていると、それがうるさくて別室へ逃げてしまうことがある。

 うるさいというのは、単に音量の問題ではない。出演者のおしゃべりがワンパターンで全部が全部、わざとらしく感じられるのだ。特に私が不愉快に感じるのは、出演者が他の出演者(や番組のディレクター)に卑屈な態度で迎合しているように見える時である。ニュースショーなどでも、コメンテーターが周りに忖度しながら発言しているのが見え見えの時があって、そんなときは何のためのコメンテーターかと不愉快になる。バラエティー番組では、出演者はやたらと大声で笑って、それでも足りぬと手を叩く。見ている私はしらけるばかりだ。  

 さらに、バラエティー番組の場合は、スタジオに観客はいないはずなのに、「エー!」という驚きの声や笑い声が入る。たぶん、それはあらかじめ録音された声なのだろうが、「ここで驚きなさい」「ここで笑いなさい」と私たちが指図されているようで、「笑いどころまで教えてくれなくとも結構」と言いたくなる。

 こういうことが何もかも気になるようになったのはなぜだろうか。そういう種類の番組が増えたということもあるのだろうが、私自身が年をとって気むずかしくなってきたのかもしれない。そう考えると、ちょっと寂しさも感じる、今日この頃である。

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                                              私の大失敗


 私は語呂合わせが好きで、車のナンバープレートを見た時など、無意識の語呂合わせをやっている。5036なら「これ見ろ」、8603なら「ハローおっさん」という具合である。うまくいかない場合も多いが何十回に1回かは自分でもうまくいったと思うことがある。

 ところがある時、これで大失敗をしてしまった。ある会合の参加者の車の中に1188という車があるのを見て「これに乗ってきたのは『いい母』だろうか、『いいパパ』だろうか」としゃべっていたのである。このときはたぶんどちらかは当たっているだろうと思って、軽い気持ちでそう言っていたのである。ところが、その後で、この車は50代の独身男性の車だと分かったのだ。「しまった!」と思った時はもう遅かった。

 その人がもし私のしゃべったのを聞いていたら、自分に対するイヤミで私がこう言ったのだととられかねなかった。それなら誤らなければならない。しかし、その人が私のことばを聞いていたかどうか分からない以上、ヘタなことを言えばヤブヘビになりかねなかった。私はその人とも言葉を交わしたのだが、彼は何も気にしていないように見えた。でも、実際そうだったのかどうかは分からない。……結局私は全く気づかないふりをして逃げ出すようにその場を去ったのだった。

 それはこのときだけではない。決して悪気はないのだが、口が軽い私は、人を傷つけるようなことを無意識に言ってしまっていたと、後になって気づいたことが何度かあった。もしこれを読んでいる人の中にそういう被害にあったという人がいたら、遠慮なく言って欲しい。私は素直に謝りたいと思う。口先だけの謝罪ではなく、心からの謝罪としてである。

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                                              最後の犬 



 コロナの影響もあって最近はペットブームだそうで、テレビでもYouTubeでもかわいい犬や猫の動画をたくさん見ることができる。そんな映像を見るたびに、私にもペットがいればいいのにとうらやましく思うこともあるけれど、もう私がペットを飼うことはない。

 私は約30年前から15年間、ムーという犬を飼っていた。忙しい時でも夜遅くなった時でも、私はほぼ毎日散歩に連れて行き、それが私にとっては心休まる時間だった。そしてムーも私によくなついていた。ところが、そのムーも15年前に亡くなった。その後、私が寂しい思いをしていたのは言うまでもない。

 そして10年前、私が退職した時、私のこどもたちが退職記念に子犬を贈ろうと言ってくれた。私は喜んでホイホイとその申し出に乗ろうとした。ところが私の妻が「犬は15年以上は生きる。15年後、あなたは80才近い。それまであなたが元気で犬の世話をできると言い切れるか。それができないなら犬を飼うべきではない」と言ったのである。私はそんな妻に腹を立てて口論にもなったが、妻の言うことが正論だということは分かっていたので、結局、犬を飼うのはあきらめた。

 そのときは残念だった。でも、時が経つにしたがってあのと
き犬を飼わなくてよかったと思うようになった。もし、新しい犬を飼っていれば、私はその犬に夢中になってムーのことを忘れてしまったかもしれない。そうすればムーに寂しい思いをさせただろう。昔、「みちのくひとり旅」という歌に「どんなに遠くに離れていても、お前が俺には最後の女」という歌詞があったが、私にとってはムーが「最後の犬」なのだ。実際そうだし、そうでなければならないとも思っている。

2023/01/25

                               ○○だとは思います 


 街頭でのテレビのインタビューを見ていると、何かを聞かれた人が「○○だとは思います」という答え方をすることが多い。たとえば街を歩く時にマスクを付けるべきかと聞かれた人が、「混雑する場所ではマスクを付けた方がよいとは思います」という具合である。私が気になるのはこの言葉の中の「とは」の「は」である。

 なぜ「~と思います」と答えないのか? 私の感じでは、この「は」にはものごとを曖昧にする働きがあって、「自分としてはそんなふうに思うけれど、それに固執するわけではない」というニュアンスをこめた言い方であるようだ。「~だと思う」と言ってしまえば、自分の考えを明確に表明することになるので、それに賛同しない人に違和感や不快感を与える可能性がある、だからこのように曖昧化することで予防線を張るのであろう。

 私は若い人と接することが少ないのであくまでも推測に過ぎないが、こういう言い方は若い人の間では日常会話でもごく普通になっているように思う。とにかく目立たぬよう、嫌われぬように、ひたすら周囲に自分を合わせようと気を使うのである。相手に不快感を与えないようにできるだけNOを言わずにYESで答えようとするのもそのひとつである。先に書いた「大丈夫です」というのもそんな表現の一つだ。

 テレビのインタビューで、もうひとつ気になるのは政治への要望をのべる時「○○していただければ」という言い方をすることだ。こういう言い方を聞くと私は「まるで他人事じゃないか、してもらえればいいけど、してもらえなくても仕方ないという意味か」と突っ込みたくなる。なぜストレートに「○○して欲しい」とか「○○せよ」と言えないのかと、腹立たしく感じる。

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2023/01/24

                               これが俳句か? 


 義母が俳句をやっていたことがきっかけで、私自身も数年前から俳句を作るようになった。でも、私の俳句好きは高校生の頃からで、それなりに年季が入っている。「静けさや岩にしみいるセミの声」という芭蕉の句や、「菜の花や月は東に日は西に」という蕪村の句などは最高だと思う。この二人は江戸時代の俳人だが、明治期以降にも素晴らしい俳人がたくさんいた。

 俳句の魅力は自分の感動を短い言葉で表現することにある。ここで大切なのは、「自分の感動を」と言う部分だ。つまり、俳句の核にあるのは実際に身をもって感じた感動であり、そしてその感動というのは全く個人的なものなのである。くれぐれも間違ってはいけないのは、俳句は言葉の遊びではないということだ。

 ところが、世の中には単なる言葉遊びを俳句と呼ぶ風潮がある。その代表例がテレビのプレバトという番組だ。この番組では写真を見て生徒さんが俳句を作る。それを夏木先生という人が添削したり格付けしたりする。しかし、写真で本当の感動が感じられるだろうか。まずそこから怪しい。仮に何らかの感動なり感想があったとしても、それは個人的なものだから他人がとやかく言えるものではないはずだ。まして添削などできないはずだ。

 この番組を見ていると、夏木先生の言語感覚が鋭いことはよく分かる。しかしそれは、コピーライターのような鋭さであって、俳人として優れているかどうか、先生として他人に俳句の指導ができるかどうかということとは別だ。夏木先生が一般論としてアドバイスするのはいいだろうが、個別の俳句を添削すべきではない。

 私の地域にも俳句の会があるが、私が参加しないのは自分の句を添削されたくないからである。 

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                                              火災報知器が作動します 


 ショッピングセンターのトイレなどに入ると「火災報知器が作動しますから、タバコを吸わないでください」などという張り紙を見ることがある。

 でも、トイレでタバコを吸ってはいけないのは、火災報知器が反応するからではなく、周囲に迷惑をかけるからだろう。トイレだけではなく、施設内のどこでも、禁煙なのは当たり前のことだ。それなら「施設内は禁煙です」でいいはずだ。未成年者などで、こっそりトイレでタバコを吸おうとする人もいるのだろうが、そうさせたくないのなら、「トイレも禁煙です」と書けばよい。

 それでもわざわざ「火災報知器が作動するから」と書くのは、「火災報知器が作動すれば大騒ぎになって、あなたも困ることになりますよ。」ということだろう。これではまるで脅迫ではないか。なぜ「他のお客様のために」と書けないのか。

 この張り紙の書き手は、禁煙を守らせるためには相手に損得計算をさせて行動を規制するのが効果的だ、人間は誰でもそういうものだと思っているのだろう。張り紙を見る私もその対象の一人なのだと思うと、私も軽く見られているようで不愉快だ。トイレの張り紙だけではない。最近、こんなふうに損得計算に訴える物言い、脅迫めいた物言いが増えているように思う。

 「火災報知器が反応するから」というのなら、「じゃあ、赤外線(熱)を遮断するように工夫すればタバコを吸ってもいいんだね」と言いたい。でも、私はもともとトイレでタバコを吸いたいなどと思ったことはないし、もしも赤外線ではなく煙の成分に反応するような火災報知器が設置されていると困るので、トイレでタバコを吸ったことはない。

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                                             栗本英世さん(2) 


 栗本さんがカンボジアに入った1990年代の中頃は、ポルポト政権が崩壊してまだ間もない頃だった。この政権は都会の住民をすべて田舎へ強制移住させ、国民800万人のうち200万人を虐殺したというとんでもない政権で、カンボジアではまだその傷跡が生々しかった。だから知人の誘いでカンボジアに入った栗本さんも、最初は出会う人がことごとく殺人者に見えて、恐怖心のあまり2時間ほどで国外へ逃げ出したという。

 しかし、カンボジアを見捨てるわけにはいかなかった。街にも村にも両親を亡くした孤児があふれていて、そんなこどもたちは人身売買の餌食になっていた。男の子なら売り飛ばされて重労働をさせられたり、犯罪組織の手先として使われたりする、女の子なら売春婦にさせられるのである。そこで栗本さんは孤児を引き取って一時的に預かり、祖父母を捜してそのもとに返すという活動を始めた。「カンボジアこどもの家」である。

 そして、人身売買をなくすためには教育が大切ということで栗本さんは学校建設に乗り出した。村人たちと協力してその地域の地雷を撤去し、木の根を掘り起こして、人力だけで学校を建てるのである。中にはポルポト兵として地雷を埋めた人も混ざっていた。重機などは使わないので時間はかかるし、大変な労力を要するが、村人たちに「自分達の学校」という愛着も生まれたし、必要なら自分達で修理、造築できるという利点もあった。

 栗本さんは土地の人たちから「オカさん」と呼ばれたそうだ。オカというのは「チャンス」という意味である。生きる、そして育つ主人公はその土地の親やこどもたち。そして、彼らにそのようなチャンスをもたらすのが栗本さんだったのである。

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                              栗本英世さん(1)


 昨年の4月、カンボジアでボランティア活動をしていた栗本英世さんが亡くなった。人間はこんな生き方もできるのだと感じさせるようなみごとな生き方だった。

 栗本さんは1951年、近江八幡に生まれた。家が貧しかったので、小学校の頃からアルバイトをして家計を支えたという。そのため友だちもなく、学校では孤立していたが、そんな栗本さんを支えたのは地域のキリスト教会だった。キリスト教会に通い始めた栗本さんは、キリスト教の理想である「人のために役立つ人間になる」という決意のもとに、体を鍛え始めた。

 そして中学を出ると東京の職人さんのもとに弟子入りしたものの、これでは充分に人の役に立てないとそこをやめて、アルバイトをしながら多摩善生園というライ病患者の療養施設で入所者の介護をするようになった。

 栗本さんは誠心誠意入所者に尽くしたつもりだったが、患者さんたちは心を開いてくれなかった。それに悩んだ栗本さんは、「自分は健常者だからどうしても患者さんたちを上から目線で見てしまう、それがいけないんだ。だから自分もライ病になろう」と、自分の腕に傷を付けて患者さんのウミを塗り込んだりもしたという。しかし、栗本さんは病気にはならずに介護を続けた。

 その後、栗本さんは台湾の大学に入り、中国や東南アジアを巡りながら、自分に何ができるのかと自分のやるべきことを探し続けた。そして出会ったのが東南アジア諸国の貧しさと、そこで横行する人身売買の現実であった。それに心を痛めた栗本さんは、人身売買を根絶することを究極の目標とし、そのためには孤児を保護することや教育の普及が大事と考えて、現地の人々と協力しながら孤児院や学校の建設を始めたのである。

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                                                                    栗本英世さん(4) 


 先の文章で、物乞いの人たちにお金を恵むことを批判する栗本さんの考えを紹介した。その考え自体は私も賛成である。それでも、「でも、そういう事情を知らずに善意でお金をあげる人を頭から非難することはないじゃないか」と私は言った。すると、それまでは穏やかに話していた栗本さんが感情的になって「だいたい、お金で人を救えるなどと考えるのは傲慢だ。そういうことをするのは偽善者だ」と言ったのである。そこで私は「お金をあげるのは、とりあえずお金が必要だと言っているからあげただけで、別にそれで人を救おうなどという大それたこと考えている訳じゃないだろう」と反論して口論になり、議論は平行線をたどった。

 私は後にこの論議を振り返って、キリスト教的・西欧的な発想と、仏教的・東洋的な発想の違いが現れたのではないかと感じた。キリスト教ではあくまでも道徳や純粋さにこだわって、偽善を激しく拒否する。それに対して仏教では(少なくとも日本では)「偽善であれ何であれ、結果が良ければそれでいいじゃないか」とうような融通無碍の感覚があるように思う。「偽善も善」とか「ウソも方便」などというのは、この系統の言葉だろう。私自身はこういう考え方が嫌いで、キリスト教的な純粋さにあこがれていたつもりだったが、やはり、体の中に日本的な感覚が染みついていたのだと思う。  

 さて、その栗本さんは脳腫瘍を患って昨年の4月になくなった。振り返ってみると、私は栗本さんのすべてを受け入れていたわけではないし、栗本さんへの思いも尊敬というのとは少し違うように感じるが、自分の信じるとおり生き、周囲の人々からオカさんと慕われた栗本さんがうらやましいと、心から思っている。

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                                             武村正義さん


 私はたいていの政治家に対して厳しい見方をしているが、たったひとり尊敬している政治家がいる。八日市市長から滋賀県知事、衆議院議員になり、新党さきがけを率いて1990年代に野党連立政権、自・社・さきがけ政権を主導したものの、その後体をこわして引退し、昨年9月になくなった武村正義さんである。 

 私が武村さんを意識したのは全くの偶然からだった。私の教師仲間に武村さんの県知事選挙を手伝った人がいて、その人が私に「お前は考え方も性格も武村さんによく似ている」と言ったのである。当時、武村さんはムーミンパパというニックネームで呼ばれていたのだが、ムーミンは私も好きなキャラクターだったので、それに似ていると言われたのは私にとっても光栄だった。おまけに武村さんも私も同じ「正義」という名前だった。

 その後、二人にはさらに共通点があることが分かった。武村さんは高校時代に新聞部長として、「日の丸君が代に反対する」という論説文を新聞に載せようとして、無期謹慎処分を受けた。一方、私は建国記念日に反対して同盟登校をして、停学処分になりかかった。どちらもリベラルな立場から国家主義的な政治に反対するという考え方から出たもので、後に私がこの話をした時、武村さんも私に興味を持ってくれたのだった。

 私が武村さんを尊敬するのは、彼の政治行動の根底にあるリベラルな考え方と、それでいて既成概念やイデオロギーに捕らわれない自由な発想のためである。さらに、ムーミンパパという名前がピッタリの素朴な性格と気さくな雰囲気、そして大蔵大臣の頃、現職閣僚でありながらフランスの核実験場に乗り込んで反対デモの先頭に立ったという型破りの行動力を評価するからである。

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                                              栗本英世さん(3) 


 世界的に有名な遺跡、アンコールワットの前に座って、観光客に物乞いをするグッズちゃんという女の子がいた。その子は重度の障害者だったが、栗本さんが何度も話しかけているうちに、栗本さんに心を開くようになった。そして、栗本さんが学校作りをしていることを知って、「自分も勉強したい。そして学校の先生になりたい」と言ったのだ。栗本さんはグッズちゃんの変化を喜んで、彼女を自分の学校に受け入れることに決めた。

 ところがその数日後、グッズちゃんが「やはり学校には行けない」と言い出したのである。その理由は経済的なものだった。グッズちゃんの物乞いで得た収入が彼女の一家の生活を支えていたのである。グッズちゃんが学校に行けばその収入が途絶える。だからグッズちゃんの家族は彼女が物乞いを続けることを望み、グッズちゃん自身もその思いを裏切ることができなかったのだ。

 栗本さんによると、日本からの観光客は障害者であるグッズちゃんに同情して、いとも気軽に百円、千円のお金を恵んでやるのだそうだ。しかし日本とカンボジアでは貨幣価値がずいぶん違うから、それが一家全員を支えるお金になるのだ。だから観光客のそのような振る舞いがカンボジア人の自立を妨げてしまうのである。

 このとき、お金を恵んでやる側はあくまでも善意からである。しかし、その結果として、恵まれる側の自立心や向上心が失われるだけではなく、人間としての誇りまで失われてしまう。だから栗本さんはお金を恵もうとする人を「慈悲魔」と呼んで、そのような好意を激しく拒否する。あくまでもカンボジアの人々自身が自立することが大切で、援助はその手助けだけでなければならないというのが栗本さんの考えなのである。

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                                              雪のない冬


 日本列島がこの冬一番の寒気に覆われたとかで、昨日から私の住む彦根でも雪が降って、20センチほど積もったが、それまでは暖冬で私の家の周りには全く雪がなかった。私の周りの人たちは「雪がなくてありがたい」と言っていたが、雪が大好きな私にとっては、何か気の抜けたような冬だった。単に雪がなくて寂しいというだけではなく、異常な暖冬に不気味さを感じていた矢先だったので、この寒波で少し救われたような気もした。

 近年の異常な暖かさは、彦根だけではなく日本全体の傾向だそうだ。いや、日本だけではなく、今年、ヨーロッパはもっと極端な暖冬らしい。しばらく前に、ベルリンの気温が15度、パリの気温が18度という驚くべき新聞記事を見た。また、現在もアルプス山脈の中腹までは雪がなく、スキー場は軒並み閉鎖、わずかに営業しているスキー場も人口降雪機で雪を作っているので、水を使いすぎて水不足が懸念されているという。

 一昨年の暮れには、彦根周辺で一晩に50センチほどの雪が積もって道路が麻痺し、その様子は何度もテレビで中継された。そして、その次の冬が最近まで積雪ゼロだったのである。暖冬をただちに地球温暖化と結びつけることはできないというが、こういう気温の振れ幅の大きさは、やはり温暖化の影響というべきだろう。

 現在、世界の気温の上昇率は100年で0.73度の割合だという。数字の上ではこんなに小さな変化でも地球環境はここまで大きく変わるのだ。平均気温が5度も上がれば想像を絶する世界が出現するだろう。人類は絶滅するかもしれない。私自身が生きる時間はさほど残されていないが、こどもたちのために穏やかにな地球を残すのは私たちの世代の責務だと思う。

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                                              様変わり 


 最近軽自動車が増えている。特にスーパーやコンビニの前に止まっている車などは、ほとんどが軽自動車ということもある。私が若かった4、50年前にマイカーブームが始まったが、当時は車高が低くて流線型をしたセダンやハードトップの車が人気で、私たちは車のかっこよさを競っていたものだ。でも今は車は実用的であればいいという若者が多いように聞く。

 また、当時は男と女の違いは明確で、男は男らしく、女は女らしくなりたいと思っていたものだ。そして、そういう男とそういう女の間に展開される熱烈な恋愛に誰しもあこがれていた。だから、若者が好んで聴く音楽も、ラブソングがほとんどだった。ところが、最近では男性も女性も中性化して、男性的、女性的ということに魅力を感じる若者は少なくなっているように思う。

 当然ながらラブソングも少なくなり、特に一頃のようなキワドイ内容の曲はほとんど姿を消して、歌の歌詞は道徳の教科書のようなものが主流になっている。

 遊びの内容も変わった。私が若かった頃は夏は泳ぎに、冬はスキーに行くというのが定番で、泳ぎに行かなかった者、スキーに行かなかった者は肩身が狭く、言い訳の一つも考えなければならなかったものだ。ところが、最近の若者にはTDLやUSJなどの方が人気があるようで、遊んでいるというよりは遊んでもらっているというべきだろう。すべてが受身形になったのである。

 そんな中で未婚の男女が増え、少子化が進んでいる。口先で「異次元の少子化対策」などと言っても空しいばかりだ。私には現在の日本は穏やかではあっても、退屈な社会になったように感じられて仕方がない。もっと激しく、活気のあった昭和時代が、私には懐かしい。

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2023/01/16

                                             漫才CMは嫌い 


 私は漫才が嫌いである。サンドイッチマンも、ミルクボーイも、アンタッチャブルも嫌いだ。最近、テレビのCMに漫才師コンビが登場することがよくあるが、そういうCMを放送している企業の製品やサービスは絶対に買いたくない、利用したくないと感じる。

 私が漫才を嫌うのは、漫才にはボケとツッコミの役割分担があって、ツッコミ役は徹底的にボケをイビったり、イジったりする。そのときのツッコミ役の偉そうな物言いが不愉快なのである。それは単なる役割分担であって、実際の二人の関係はそうではないはずだと分かっていても、それでもこういう映像を見るのは不愉快だ。

 この社会には、地位が高い人と低い人、能力に優れた人と劣る人、頭のいい人と悪い人がいる。それは自然なことであり、仕方がないことだ。でも、それを笑いのネタにして欲しくはない。頭のいい人(ツッコミ)が頭の悪い人(ボケ)を笑い者にするというのは、昔から漫才の典型的なパターンだったが、私はそれが嫌で、「二人ともボケ」の漫才を見たいと言ったこともある。

 私が漫才師を使ったCMを放映する会社を嫌うのは、その会社のCM担当者が、そういう人間関係を是認していると感じるからだ。CMのシナリオを作ったのが誰かは分からないが、少なくともその会社の誰かがCMにゴーサインを出したはずだ。ということは、その会社にはそれを是認するような企業文化があって、担当者がそれに染まっているということだろう。

 もしかしたら、その会社は社長が威張っていて、上司が部下を叱りとばすのは日常というパワハラ会社かもしれないとさえ思う。そういう会社が作る製品は信用できないと感じるのも仕方ないことだろう。

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                                              盗まれた金魚


 私は一昨年の8月から去年の暮れまで、約100匹の金魚を飼っていた。植物性プランクトンが繁茂して緑色に濁った水(緑水)で金魚を飼えば、プランクトンが光合成で出した酸素で金魚が呼吸し、金魚が呼吸で出した二酸化炭素でプランクトンが光合成をすることによって、金魚とプランクトンが相互依存的な生態系を作ることを実証しようという目的からである。

 私は屋根のある駐車場の奧に並べた8個の水槽に金魚を分けて入れ、ネコなどに狙われないようにその上から金属網をかぶせて、何個かのレンガで網を固定した。その結果、私の目論見通り、金魚とプランクトンの生態系は順調に機能したようで、金魚は無事に成長していた。

 ところが、去年の8月のある朝、突然、金魚の数が半減しているのに気づいたのである。理由は推測するしかなかったが、水槽にかぶせた網がもと通りだったことから動物の仕業ではなく、誰か人間に盗まれたのではないかと感じた。そして去年の12月のある朝、今度は水槽にかぶせた網やレンガが周囲にばらまかれて、金魚が一匹もいなくなっているのを発見したのだ。網の上の重いレンガを動かしたのだから、そんなことができるのは人間しかいないと、今度ははっきり分かった。

 誰が、なぜそんなことをしたのかは分からない。金魚が欲しかったのか、私への嫌がらせなのか・・・。ちょっと気味の悪い出来事だった。

 金魚がいた頃、エサをやるために私が近づくと、足音を聞きつけた金魚たちが水面に浮かんで口をパクパクさせながら寄ってきた。今はそれもなくなったが、ついつい過去の習慣で金魚たちのいた場所に行って、金魚がいないことを再確認してしまう今日この頃である。

 


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                               大丈夫です


 たとえばあなたがある程度年配の人で、余暇を活用しようと、パートでスーパーかコンビニに勤めたとしよう。レジにいるあなたが、お弁当を買ったお客さんに「お箸をおつけしましょうか?」と聞いた時、お客さんが「大丈夫です」と言えば、それは「要りません」という意味だとあなたは理解できるに違いない。

 そのあなたの家へ、一緒にレジを担当する若い子たちが遊びにやってきて、あなたはスイーツなどを出して歓迎したとする。ところが、そのときスイーツが余ってしまった。そこであなたが「余り物だけれど、持って帰りませんか?」と言ったら、若者が「大丈夫で~す」と答えたとしたらどうだろう。あなたは「余り物でもいいから頂きます」という意味なのか、「要りません」という意味なのか、解釈に迷ってしまうのではあるまいか。

 この「大丈夫です」という言葉の解釈を巡ってトラブルが起こったという例を、私は最近立て続けに何件か聞いた。若者が「大丈夫です」と言うのは、相手が何かをあげようと言ったり、何かをしてあげようと言ったりした時にそれをやんわりと断る時の言い方なのである。しかし、私の若い頃はそう言い方はなかったので、年配の人には通じないこともあるのだ。 

 日本人には相手の言うことを拒否するのは悪いことだという感覚がある。まして相手が好意でそう言っている時には、明確にノーと答えることができない。そこで、せめても肯定形である「大丈夫です」という言い方をするのであろう。しかし私はこういうものの言い方には否定的である。周りに気を使いすぎて物事を曖昧にしてしまうのでは、個人の独立性も損なわれるし、本当の意味で理解し合うこともできないように思うのだ。

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                                              生命保守派


 私の政治的な立場はリベラルで、最近世界的な潮流になっている民族主義的な右派の主張には批判的だし、環境問題にしても人権問題にしても、左派の主張に共感することが多い。日本では左右の対立が見えにくいが、アメリカの政党でいえば民主党寄りということだ。

 ところが、生命倫理に関わる問題では、私の考えは右派=保守派の共和党に近い。その代表的な問題は女性の妊娠中絶を認めるかどうかだ。女性の権利を保障するために中絶を認めるというのが民主党、認めないというのが共和党で、最高裁を巻き込んだ争いになっている。

 私は妊娠によって母体の生命が脅かされるような特別の場合を除いて、妊娠中絶は認めるべきではないと考えている。それは殺人だからである。受精した瞬間から、あるいは着床した瞬間から胎児は一個の独立した命である。それを他人の都合によって抹殺することは許されないと思うのだ。

 このように言うと、「では強姦(強制性交)で妊娠した場合も中絶を認めないのか」という人がいるが、その通りだ。どんな事情で生まれたにせよ、命は命だ。こどもには何の責任もない。母親はその子に愛情を感じられないかもしれないし、実際に養育することができない場合も多いだろが、その場合は社会が責任を持ってその子を育てるという態勢を作るべきだと思う。 

 とはいうものの、難しい問題もある。たとえば、重度の障害を持っていて生きていくのが苦しみでしかないような子の場合や、生まれても数年で死に至るのが分かっているような子の場合である。昔なら流産になって、こういう子は生まれてこなかったはずだ。その場合にどうすべきかと聞かれても、私には答えられない。

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                                              世界に一つだけの花


 「私はSMAPの『世界に一つだけの花』という曲が好きで、夜眠る時もこの曲をかけています。また、職場でも、時折、この曲を口ずさんでいました。ところが、最近、インターネットでこの曲が大嫌いという人もいることを知りました。そして、それ以来、私がこの曲を口ずさんでいた時、それが嫌だと思いながら聞いていた人もいたのではないかと思うと、人に会うのが怖くなりました。私はどうしたらいいのでしょうか。」

 これは、私が最近ある新聞で読んだ二十代の女性の人生相談である。こういう感性は私自身の感覚とは正反対だけれど、確かに、こんなふうに周りの人に迷惑をかけないように、嫌われないようにと、周囲に気を配ってひたすら低姿勢で生きている人がいることは、私も知っている。しかも、そういう人たちはそれを単なる処世術と考えているのではなく、人間なら当然守るべき道徳的な規範だとさえ思い込んでいるのだ。

 こんなふうに生きるのでは生きにくいだろう。いや、本人が生きにくいだけではない。これはいわば社会の病理ともいうべきもので、こういう人が増えていけば、権威や権力に従順な全体主義の社会、多数意見の動向次第で左右に大きく揺れる不安定な社会をも招きかねない。

 「世界に一つだけの花」の歌詞は説教臭いので、私も嫌いだ。でも、歌の好き嫌いなどは人それぞれだから、嫌いな人がいるからと言ってその歌を否定する必要はない。人生相談を投稿した女性には「嫌いだという人に出会ったら、勇気を出して歌の良さを相手に伝えなさい。そして好きになってもらいなさい。」と言いたい。

 要するに、彼女自身も周りから独立した「世界に一つだけの花」だからである。

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                                              月は東へ火星は西へ 


 去年の12月はじめのことである。夜7時頃タバコを吸おうと我が家の玄関に出たら、南天、といってもほとんど天頂に近いあたりに明るい星が見えた。その明るさから言って、たぶん恒星ではなく、木星ではないかと思った。そして西の空に三日月が見えた。

 この頃は天気が良かったので、次の日も、その次の日も同じ頃に玄関に出てみると、木星の位置はほとんど変わらなかったが、月は大きさを増しながらぐんぐん木星に近づいてきて、3~4日後にはほとんど木星に並んだ。そして次の日はついに木星を通り過ぎ、角度にして10度か20度ほど木星より東の位置に見えた。

 一晩の間で言えば、月は東の空から登って西に沈む。ところが、1ヶ月の間で言えば、月は西から東へと地球を一周するのである。理科の教師だった私は、理屈の上ではそのことを知っていたが、こうして毎日月の動きを見たのは初めてのことだったので、多いに感動した。

 さて、12月のはじめには火星が東の空の低いところに見えていた。ところが、その火星が少しずつ西へ動いて木星に接近してきた。そして12月の末には、同じ時刻なのに火星は中空に見えるようになり、1月中旬の今では、天頂にかなり近づいてきている。ただ、木星も動いていて、今では天頂よりも30度ほど西に傾いて見える。火星と木星、どちらも動いているのだが、両者が接近してきたのは火星の動きの方が2倍ほど速いからだ。

 こういう天体ショーの背景にはオリオン座やスバルがあって、こういう恒星を背景にすると木星や火星の動きがよく分かる。でも、実際のところはこれらの星座も1年に1回地球の周りを巡っているのである。やがて、オリオン座もこの時刻には見えなくなることだろう。

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                                              サントスの脅威


 最近、昨年のアメリカ中間選挙で当選したジョージ・サントスという下院議員の経歴詐称が問題になっている。たとえば、自分をよく見せるために学歴を偽ったり、自分に都合の悪いことを隠したりするという経歴詐称は日本でもよくあるが、サントスの場合は出自も、学歴も、職歴もすべてがウソで、選挙民に受けそうな架空の人物像を描いて自分をそれに当てはめたというものだ。通常のケースとは全く次元の違う経歴詐称である。

  この経歴詐称が明るみに出たのは、ニューヨークタイムスの記者が彼の経歴を調べて報道したからだった。当初、この記者は彼の経歴を疑っていたわけではなかった。彼が大変魅力的な人物だと感じて彼のことを調べ始めたのだが、まず慈善事業に関して彼の言っていることが事実ではないことが分かった。そこで、学歴や職歴を調べてみると、それらがことごとくウソだと判明したのである。おそらく、その記者は唖然としたことだろう。

 今回、彼の経歴詐称が明るみに出たのは、大新聞の記者が彼に興味を抱いたことがきっかけだった。もしそういうことがければ、SNSなどによって彼のウソがそのまま拡散し、定着して、彼は栄光を身にまとった下院議員として(少なくともしばらくの間は)議員活動を続けていたに違いない。

 かつては、政治家や有権者は地縁、血縁、政治信条などによって結ばれ、得体の知れない人物が議員になる可能性はなかった。ところが、隣に誰が住んでいるかも分からない大都会の、砂のような大衆の社会では、SNSや派手な政治集会で脚光を浴びた人物が一国の政治を左右するようになる可能性があることをこの事件は教えている。恐ろしい時代になったものである。

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                                              NATOの責任 


 まず最初にはっきり言っておきたいことだが、私はロシアのウクライナ侵攻を一切認めるつもりはない。世界の人々が平和に生きるためにはまず国家の主権を尊重すべきだと考えるからである。どんな事情があるにせよ、国境を越えて他国を侵略してはならない。その上で、これもはっきり言いたいのは、今回のウクライナ戦争の最も大きな責任はNATOにあるということだ。 

  そもそも、NATO(北大西洋条約機構)とは何か。第2次世界大戦後、世界の国々が資本主義の西側諸国と共産主義の東側諸国に分かれた、いわゆる東西対立の中で西側諸国が共同で自分達の国を守ろうとして結成した軍事同盟である。その直後に共産主義諸国によってワルシャワ条約機構が結成されて、NATO諸国とワルシャワ条約機構諸国が対峙することになった。

  ところが、1991年、ソ連が崩壊してワルシャワ条約機構が機能停止し、そのしばらく後に正式に解散した。この時点でNATOはその役割を終えたのだから解散するか、あるいはロシアなども加えた形で地域の安定のための調整機構に衣替えすべきだったのである。

 ところが実際は旧ワルシャワ条約機構の国々も取り込みながら軍事同盟として拡大し、結果的にロシアを包囲する軍事同盟となったのだ。NATOを拡大しないように求めるロシアの要求はことごとく無視された。その結果、ロシアが脅威を感じて「窮鼠猫をかむ」ような行動に出たのである。

 プーチンは旧ソ連時代や帝政ロシア時代のロシア権力の復活を望んでいるなどという見方もある。他ならぬ私自身も最初はそう感じた。でも、今ではNATOのあわれな犠牲者だという感じがする。

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                                              ねえねえ症候群 


 テレビのニュースやニュースショーを見ていると、外へ派遣されたレポーターが現地から中継するという場面がよくある。たとえば台風が来た時、大雪が降った時の各地の様子や、火事や水害の現場、賑わう繁華街や観光地からの中継などである。

  そんな時、私は「こんな中継に何の意味があるのだろう」と感じることが多い。まだ台風が来る前の静かな町の様子を次々に見せられても、何も得るものがないのだ。こんなことに無駄な時間を割くくらいなら、もっと詳しい気象データや予報を伝えて欲しいと思う。

 混雑する繁華街からの中継も同じである。でも、繁華街からの中継では、もうひとつ気になることがある。レポーターが「長い行列ができていますねえ」とか「路上で酒を飲んでいる若者もいますねえ」などと、語尾にやたらと「ねえ」という言葉をつけることだ。これは自分が現場で初めてそのことに気が付いたという感じを出したり、視聴者に友達どうしのような親近感を感じさせる効果を狙った言い方だろう。

 しかし、レポーターもジャーナリストのひとり、その役割はあくまでも事実を伝えることであるはずだ。それならば、言い切りの表現で伝えればいいのであって「ねえ」は要らない。もちろん、レポーター自身の個人的な感想を言うことは許されるだろうが、それは「ねえ」「ねえ」と視聴者に擦り寄ることではないはずだ。

 でも、「ねえ」という言葉が「他人事」のような印象を作り出すこともある。ある時、土砂崩れで家が半壊した現場に派遣されたレポーターが「家が大きく崩れていますねえ」と言った。私は「何のんきなことを言っているのだ」とそのレポーターを殴りたくなった。

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