フリースクール
最近フリースクールに関する東近江市長の発言が論議を呼んでいる。報道によれば「フリースクールは国家の根幹を崩す」とか「不登校の大半は親の責任」などと言ったらしい。私自身はラジオ番組の制作を始めてから、フリースクールの関係者にインタビューして、彼らが学校に適応できない子どもの問題に真剣に取り組んでいることを知っているので、フリースクールを否定するつもりはない。しかし、学校教育が国家の根幹だとしてフリースクールを疑問視する見方もそれなりに理解できる。時代の流れだからとフリースクールを礼賛する現代の風潮に、私は疑問も感じているのだ。
私がこのように思うのは、私自身の体験も関係している。私は小学校に入学してしばらくの間、他の子どもに対しても先生に対しても一言もことばを発することのできない完黙少年だった。例えば、授業中オシッコをしたくなっても「トイレに行かせてください」と言うことができないので、全身に脂汗をかきながら1時間でも2時間でもオシッコを我慢した。もちろん友だちは1人もいない。だから学校生活で最も苦痛だったのは、休み時間や弁当の時間だった。
当時の私には学校を休むなどという選択肢はなかったが、もし1日でも休んだらそのまま不登校になっていただろう。最近、あの頃フリースクールがあったらどうだろうかと思うことがある。私はそれで救われたかもしれないが、完全にダメになっていたかもしれない。
こどもを育てるというのは難しいことだ。大人がそれぞれの思い込みで気安く、ああだ、こうだと決めつけられるものではない。子ども1人1人事情が違うのだから、それを踏まえたリアルな論議が必要なのである。
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