反核のリアリズム(3)
「核のリアリズム(2)」で、私は広島、長崎への原爆投下で日本の降伏が早められ、日本は千万人単位の犠牲者を出すこともなく、領土の一部をソ連に占領されて分断国家になることも避けられた、と書いた。それではアメリカの原爆投下を認めるのかと聞かれれば微妙だが、もしそのとき私自身がアメリカの為政者で原爆投下の可否を決断する立場にいたとすれば、私も同じ決断をしたのではないかと思う。
論者の中には、いきなり都市部に原爆を落とすのではなく、無人島などに落として威力を知らしめるべきだったという人もいるが、それは当時の実情を無視した空論である。仮に無人島に原爆を投下して島一つが消滅したとしても、当時の軍部は情報統制を徹底し、その事実を隠蔽して、それが日本の降伏につながる、あるいは早めることにはならなかっただろうからだ。
広島、長崎の原爆であれほどの惨状を経験しながらも、戦後の日本人の間に、それを根拠とした反米感情が蔓延しなかったのは、アメリカによる占領政策が的確だったこともあるが、私がこれまでに書いてきたような事実を当時の日本人がそれなりに理解していたからではあるまいか。実際、原爆被害から2年後、広島で行われた平和祭で発せられた広島市長名の平和宣言の中には「しかしながらこれ(原爆)が戦争の継続を断念させ、不幸な戦を終結に導くことになったことは、不幸中の幸いであった」と書かれている。「不幸中の幸い」ということばには違和感を感じるし、この宣言がアメリカの占領下で行われたものであることも考慮しなければならないが、これがそれほどの抵抗もなく受け入れられたのは、当時の日本人の一般的感覚を示しているのであろう。
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