弓を引くヘラクレス
ブールデルという彫刻家に「弓を引くヘラクレス」という作品がある。筋骨隆々とした全裸の男性が、片足を地面につき、もう一方の足を岩にかけて中空に向けて弓を引き絞っている姿を刻んだものである。この彫刻の模刻が私の入学した中学校の校庭にあった。私の中学には「真理の探究」「正義の実践」「平和の建設」という三つの教育目標があって、そのうちの「正義の実践」を象徴するものとして設置されたもので、台座には「正義の必貫徹」と刻まれた銘板がはめ込まれていた。
最初、私は単にカッコイイと感じただけだったが、毎日この像を見ているうちにこの像はものすごく大事なことを教えてくれているのだと思うようになった。それは「正義を貫くためには天に向かってでも弓を引かなければならないことがある」ということだ。普通、天といえば、立派なもの、完全無欠なもの、普遍的な価値などを表すことばだが、一般的にはそのように見られていることがらであっても、それが正義に反している時は弓を引かなければならないということだ。さらにいえば、時の支配者、権力者が自分を天に擬することがあるが、そのようなものに追従してはならないし、一切の権力や権威に迎合してはならないということだ。
その場合、自分の考える正義が独りよがりのものでないかということは常に考えなければならない大切な問題だが、絶えずそれを検証しつつも必要なら天に向かってでも弓を引くという覚悟は持っていたい。「天にツバを吐けば自分の上に落ちてくるから、天にツバを吐いてはいけない」とお説教する人もいるが、損得計算をもとにしたそういう卑怯な処世術を身につけたくはない。ツバを吐く程度ではない。弓を引くのだ。
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