母のこと(3)
私が母に叱られた記憶はたった1回しかないし、母に反抗したことは一度もない。それは母が自己犠牲の人で、どんなときも子どものことを第1に考えてくれていたし、子どもの気持ちを尊重してくれたからだ。
私の家は貧しかったので、子どものおやつを買うような余裕はほとんどなかった。それでも、少しでもと考えたからだろう、母が4キロほど離れた街に行く時はバスに乗らず歩いていくことで、片道10円、往復で20円の金を浮かせた。それで母は一個1円のキャラメルを買って来て、それが私たち兄弟3人の1週間のおやつになった。そんな母の姿を普段から見ていたので、私たち兄弟が母に不満を感じることはなかった。
私がたった1回、母に叱られたのは小学校の低学年の頃である。私がクレヨンで家の柱に落書きしたとき、母は「落書きしてはいけないよ」と穏やかに注意してくれた。それで私はその横に目立つように「落書きするな」と書いた。するとそれを見つけた母が険しい表情で怒ったのである。私が叱られたのはこのときだけだ。
でもこのとき幼い私には納得がゆかなかった。母が「落書きするな」と言ったから、母を代弁するつもりで「落書きするな」と書いたのに、なぜ怒られるのかと思ったのである。そこで、私は手に持っていたものを母に投げつけて泣きながら抗議した。すると、母は急にオロオロし始めて、「お前の気持ちが分かってなかったんやな、堪忍な、堪忍な」と謝り始めたのである。普通なら謝るようなことではない。でも、こんな時にでも、人を責めずに自分を責める、そして子どもの気持ちを大事にする母はそんな人だった。こんなにしょんぼりとした母の姿を私は初めて見て、母の誠実さを感じたのだった。
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