近江天保一揆の実像(1)
私はラジオ番組を制作するために、ここしばらく近江天保一揆を追ってきた。近江天保一揆というのは、幕末の天保13年、幕府が野洲川沿いの新開地(新しく田んぼになったとこ)を調査するために検地チームを派遣したところ、そのような検地は幕府による苛酷な年貢取り立てにつながるとして4万人もの農民が一斉に蜂起して
検地を中止に追い込んだというものである。今まで語られてきた近江天保一揆の概要をまとめてみよう。
一揆の中心になったのは土川平兵衛という庄屋で、彼は親しい庄屋と共に近隣の庄屋達を説得して一揆の計画を立て、野洲川流域3郡の農民を蜂起させた。一揆勢は検地役人の宿舎を包囲し、それに恐れをなした役人は「検地を10万日延期する」という証文を書いた。その証文を得た一揆勢は整然と解散し、農民側にも役人側にも一人の犠牲者も出なかったということである。
しかし、その後の幕府による取り調べは苛酷を究めた。その地域の庄屋や指導層は次々と捕らえられ、激しい拷問による取り調べが行われて、囚人たちは牢屋の中で次々に死んでいった。そして、指導層は江戸でさらに取り調べを受けるために遠丸籠で江戸送りになった。幕府の役人達は、最期の別れを告げるために遠丸籠の周りに集まった農民に、籠の中の罪人を公開した。それは見せしめのためで、罪人達は連日の拷問で骨は折れ肉は裂けていたので、籠に付けられた名札がなければ誰が誰か見分けがつかない状態だったという。そんなふうにして江戸に送られていく土川平兵衛に、群衆は「平兵衛大明神」と呼びかけ、両手を合わせて見送ったという。この江戸送りの途中で11人中4人が死に、残った7人もほぼ一ヶ月以内に死に絶えたのである。
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