母のこと(2)
私の母は現在、特別養護老人ホームに入っている。幸い、そこで穏やかな老後を送っているようだが、その人生は波乱に満ちたものだった。でも、つねにひたむきに生きてきて、世間に恥じるようなことは何もなかったと思う。その生き方を、是非とも私の子ども達や子孫に伝えたいと考えて、今から20年ほど前、私は母に一生を振り返える手記を書いてもらった。
その時、私は母に大学ノートを渡して「これに思い出を書いてほしい」と頼んだ。でも、母は国民学校(小学校)の頃こそ成績が良かったものの、小学校を出ると子守り奉公に出され、その後は京都で女中奉公をし、戦争中は軍需工場で働いていたということで、その間は簡単な手紙やはがき以外に文章を書いたことがなく、私には本当に手記を書いて貰えるという確信はなかった。
ところが、1年ほどして「これだけ書いた」と大学ノートを返えされた。見ると、横書きの大学ノートに丁寧に縦の罫線を引いて升目を作り、その一升一升に1文字ずつ丁寧に書き込んであったのだ。文字はいわゆるカナクギ流で決して上手ではない。でも、それがいかに心を込めた文字であるかは一見して分かった。
そこで私は母の手記をワープロに入れて印刷した。するとそれが知人の目にとまって、その人からこの内容に心当たりがあるという連絡を貰ったのだった。母は名前を「やす」というのだが、京都の店に奉公していたとき、そこのお婆さんに気に入られて、孫もこんな娘になって欲しいと、孫に「泰子」と名付けたという。女中の名前を孫に付けるなど、この時代には異例のことだったはずだ。その人は母の手記を読んで感動し、自分はその泰子さんを知っていますよと連絡してくれたのである。
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