今日のショック
私の家の隣には広い敷地に建てられた旧家がある。もとは庄屋さんだったということで、虫小窓という格子がはめられた江戸時代風の大きな家の隣には白壁造りの蔵があり、普通の家の敷地何軒分もありそうな広い庭の一部は畑で、一部は砂利が敷かれ、一部には藤棚も作られていた。その周囲には槇の樹やサクランボのなる桜の樹もあった。そして人間の背丈の2、3倍にも育つカヤの茂みもあった。ここには2,3年前までおばあさんが1人住んでいたが、そのおばあさんも今は特養に入っていて、ここしばらくは空き家になっていた。
とはいっても、近くの街のマンションに住んでいるその息子さんがしょっちゅうこの家に来て、畑仕事をしたり庭の手入れをしたりしていた。とてもフレンドリーな人で、会えば必ず話しかけてくるし、畑で取れる野菜をくれることもあった。ところがその息子さんが、今年の7月、ガンでなくなった。でも、急なことで、私にはその人が亡くなったという実感が湧かず、私はその後も勝手に庭に入り込んで庭の花を眺めたり、手入れする人がなくなった庭の雑草を抜いたりしていた。
ところが、今日、その庭に重機が入って藤棚が撤去され、その辺り一帯が整地された。桜の樹も槇の木も圧倒的な重機の力でへし折られ、その根も引きちぎられた。隣家の息子さんが何十年も愛情を込めて手入れしてきた藤棚が、ほんの2,3時間で消滅したのだ。これはショックだった。彼が亡くなったのだという強烈な思いが襲ってきた。人がなくなるというのはこういうことだ。その人の痕跡が暴力的な力で消し去られるのだ。
花壇や畑、松の木などはまだ残っている。せめてこれらはできるだけ長くと思うのだが、その保証はない。
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