2023/10/31

                                  母のこと(4)


 母が小学校(国民学校)の頃、優等生だったことは前に書いたとおりだ。そして母は、学校の先生が言うとおり、日中戦争や太平洋戦争は日本が正しく、日本は必ず勝つと素直に信じる軍国少女でもあった。戦争中は女工として軍需工場に入って、そこで空襲も経験したが、それでも日本の勝利を信じていたという。

 ところが出征していた兄は戦死し、日本は負けた。おそらく、それがショックだったからではないかと思うが、軍需工場から家に帰った母は宗教にはまった。村の若い女性達が京都から疎開してきた尼寺の庵主さんの下に集まって信者のグループを作っており、母もそこに参加したのだ。庵主さんは日蓮宗の人だったらしいが、創価学会とは関係がないという。

 母はグループの中でも特に熱心だったそうで、庵主さんは「自分のお寺を譲るから後継者になって欲しい」と母に言ったそうだ。そして私の祖父(母の父親)にもその申し入れをした。ところがそれに激怒した祖父は農作業用の鎌を持ち出し、「この娘の兄は戦死し、この家を継ぐのはこの娘しかいない。どうしてもというなら、この娘を殺して儂(ワシ)も死ぬ」と凄んだという。その結果、その話はなくなったが、同じことを繰り返えされてはたまらないと、祖父は母を結婚させたのである。

 そんな関係から、私が小さかった頃、母はよく信仰の話をしてくれた。「天地宇宙の真理」などと言われるとよく分からなかったが、私の印象に残っているのは「仏というのは人間の外にあるものではない。人間なら誰でも心の中に慈悲の気持ちがあり、それが仏なのだ。仏とはそういう人のことだ。」という母のことばである。そして、それはその通りだと私は今も思っている。

いずれまた会いましょう        コインランドリーの怪        母のこと(4)    

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