これが俳句か?
義母が俳句をやっていたことがきっかけで、私自身も数年前から俳句を作るようになった。でも、私の俳句好きは高校生の頃からで、それなりに年季が入っている。「静けさや岩にしみいるセミの声」という芭蕉の句や、「菜の花や月は東に日は西に」という蕪村の句などは最高だと思う。この二人は江戸時代の俳人だが、明治期以降にも素晴らしい俳人がたくさんいた。
俳句の魅力は自分の感動を短い言葉で表現することにある。ここで大切なのは、「自分の感動を」と言う部分だ。つまり、俳句の核にあるのは実際に身をもって感じた感動であり、そしてその感動というのは全く個人的なものなのである。くれぐれも間違ってはいけないのは、俳句は言葉の遊びではないということだ。
ところが、世の中には単なる言葉遊びを俳句と呼ぶ風潮がある。その代表例がテレビのプレバトという番組だ。この番組では写真を見て生徒さんが俳句を作る。それを夏木先生という人が添削したり格付けしたりする。しかし、写真で本当の感動が感じられるだろうか。まずそこから怪しい。仮に何らかの感動なり感想があったとしても、それは個人的なものだから他人がとやかく言えるものではないはずだ。まして添削などできないはずだ。
この番組を見ていると、夏木先生の言語感覚が鋭いことはよく分かる。しかしそれは、コピーライターのような鋭さであって、俳人として優れているかどうか、先生として他人に俳句の指導ができるかどうかということとは別だ。夏木先生が一般論としてアドバイスするのはいいだろうが、個別の俳句を添削すべきではない。
私の地域にも俳句の会があるが、私が参加しないのは自分の句を添削されたくないからである。
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