○○だとは思います
街頭でのテレビのインタビューを見ていると、何かを聞かれた人が「○○だとは思います」という答え方をすることが多い。たとえば街を歩く時にマスクを付けるべきかと聞かれた人が、「混雑する場所ではマスクを付けた方がよいとは思います」という具合である。私が気になるのはこの言葉の中の「とは」の「は」である。
なぜ「~と思います」と答えないのか? 私の感じでは、この「は」にはものごとを曖昧にする働きがあって、「自分としてはそんなふうに思うけれど、それに固執するわけではない」というニュアンスをこめた言い方であるようだ。「~だと思う」と言ってしまえば、自分の考えを明確に表明することになるので、それに賛同しない人に違和感や不快感を与える可能性がある、だからこのように曖昧化することで予防線を張るのであろう。
私は若い人と接することが少ないのであくまでも推測に過ぎないが、こういう言い方は若い人の間では日常会話でもごく普通になっているように思う。とにかく目立たぬよう、嫌われぬように、ひたすら周囲に自分を合わせようと気を使うのである。相手に不快感を与えないようにできるだけNOを言わずにYESで答えようとするのもそのひとつである。先に書いた「大丈夫です」というのもそんな表現の一つだ。
テレビのインタビューで、もうひとつ気になるのは政治への要望をのべる時「○○していただければ」という言い方をすることだ。こういう言い方を聞くと私は「まるで他人事じゃないか、してもらえればいいけど、してもらえなくても仕方ないという意味か」と突っ込みたくなる。なぜストレートに「○○して欲しい」とか「○○せよ」と言えないのかと、腹立たしく感じる。
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