永遠の生命
私が畑仕事をしていたら、通りかかった二人連れの女性が声をかけてきた。「あなたは永遠の命が欲しいと思いませんか」というのだ。聞けば「エホバの証人」の信者だという。そこで、私は「もともと私は永遠の命を持っていますから、今さら永遠の命が欲しいなどと思いません」と答えて、私の持論を展開した。半ばは本心からであり、半ばはエホバの証人の宗教的なお説教を聞きたくなかったからでもある。
私が言ったのはこういうことだ。生物にとって命というのは、個体ではなくその生物種が持っているものだ。生物種というのは生殖によって子供を作ることができる集団のことで、私もあなたも人間という種に属している。個人としての私の命はいずれ終わるだろうが私の命の本体は人類の命であり、人類が生き続ける限り命の本体は生き続ける。そういう意味で私は永遠の命を持っているとも言えるし、私は永遠の命の中にいるのだとも言える。個人の命はそのごくわずかな一部だから、生きる時は生きるし、死ぬ時は死ぬ、それでいいのだ、と。
これは、約30年前、干上がる川の水たまりで泳いでいる魚の群れを見た時に感じたことであり、私は当時、そのことを「干上がる川で」や「色即是空」に書いた。そしてそれ以来、自分がいずれ死ぬことをそれほど怖く感じなくなったというのも、何度か書いたとおりだ。
私がこういうことを言うのを、エホバの証人の二人は黙って聞いていた。彼女たちからは何の感想もなく、反論もなかったのだが、それは反論しようがなかったからかもしれないし、あきれ果てていただけかもしれない。いずれにせよ、私が願うのは、人類がこの地球上で核戦争など起こさず、1日も長く生き延びることである。
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