俳句の解釈
空青く うすずみ桜 なお淡し
城山の 粧いて鷺 舞い出る
これらの2句は私の義母、西沢水尾の30年以上前の俳句である。この当時、私たち夫婦は子供の世話を義母に頼むこともあったので、義母とはよく顔を合わせていたが、ゆっくり話をする余裕はなかった。そんな訳で、私も義母が俳句を詠んでいることは知っていたが、具体的な句については知らなかった。私が義母の句を知ったのは、彼女の死後に義父が遺句集を出した後である。
義父母の家は彦根城の堀端にあり、春には家から一歩出ると堀沿いに植えられた桜がみごとであった。だから、最初の「空青く」の句は、義母が堀端を散策していて頭上に咲き乱れる桜を詠んだのだろうと考えていた。明け方か夕方、桜に直射日光が当たらない時間帯に、少し霞んだ春の青空をバックに満開の桜が咲き乱れている、そんな情景だと感じたのである。後になって「うすずみ桜」というのは岐阜県にある有名な桜と知ったが、私は今でも最初の自分の解釈の方がよいと思っている。
2番目の「城山の」の句も、私の解釈は一般と違っている。俳句の世界で「山が粧う」といえば紅葉を指すのだそうだが、当初、私は山の樹々が鮮やかな新緑に覆われる情景を言うのだと思っていた。青空の下、新緑に覆われた城山から真っ白い鷺が飛び立っていく。実に印象的な情景ではないか。しかし、もしそれが秋の紅葉であれば、赤色あり、黄色あり、さらに常緑樹の緑がありと雑多な色が混ざり合っていて、そこに白い鷺が加わっても特に印象的というほどではないからだ。
私はこれらの句については、自分の解釈にこだわりたいと思う。たぶん、義母も認めてくれるだろう。
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