犯罪報道は要らない
最近、痛ましい事件の報道が相次いでいる。昨日の新聞には、6才の子どもの遺体がスーツケースに入れて捨てられ、それに先立って、その子の50代の祖母が母親ら4人によって殴打され、自宅の押し入れに監禁されていたというニュースが載っていた。その2,3日前には幼い子どもに熱湯をかけ続けて死亡させた男の裁判が始まったというニュースがあった。
私はこの種のニュースを聞くと、その凄惨な場面が脳裏に浮かんで耐えられない思いがするので、そういうニュースになるとテレビを消してしまうか、他の部屋に逃げて見ないようにしている。そして、テレビ局はどうしてこんなニュースを放送するのだろうか、他の人たちは平気で見ていられるのだろうかと思う。私にとって、その種のニュースは精神的な拷問に等しいのだ。
しかし、私が「どうして放送するのか?」と聞けば、テレビ局の人は「すべてのできごとをありのままに放送するのが使命だから」とか、「今後このようなことが起こらない社会にすることを視聴者に訴えるため」とか答えるのだろう。どちらも正論だから、反論はしにくい。でも、実際は視聴者の好奇心をかき立てて、視聴率を上げるためではないかと思う。現実社会の犯罪が、まるでエンタテインメントのように扱われているのである。
本当に社会に警鐘を鳴らすのが目的なら、事件のたびに残酷なイメージをかき立てるような犯行の詳細を伝えなくても、犯罪の動向をまとめて何ヶ月かに1回放送すれば済むことだ。以前、私は裁判官として長年こうした事件の裁判に携わってきた井戸謙一弁護士と話をしたことがあるが、彼も「マスコミは事件の詳細を報道をする必要はない」と言っていたのを思い出す。
男と女、雄と雌 二羽の鳥(4) 肉薄か肉迫か 犯罪報道は要らない
鷺の異変 トンビとアドバルーン 「申す」ということば 「指導」ということば
日本語は正しく使うべし 自虐の世代 同性婚反対 袋だたきの好きな国
中田ケン子さん 千代女のウソ Jアラート大騒動 Jアラート大騒動(2)
0 件のコメント:
コメントを投稿