日本語は正しく使うべし
NHKの「クローズアップ現代」という番組で、内水氾濫(大雨などで急激に水の量が増えて、地下水や小河川の排水が追いつかず、街に水があふれ出してくること)の特集を見ていた時のことである。番組で過去の内水氾濫の実例を挙げて「○○市の内水氾濫では○○人の命が奪われました」というようなナレーションがあって、私はこのナレーションに違和感を感じた。
「奪う」というのは、誰かが意図的、暴力的に何かを強引に取るという意味の言葉のはずだ。とすればこの内水氾濫で被害者は意図的に命を取られたということになるが、ではこの場合意図的に命を奪ったのは誰なのか。氾濫した水にそんな意図があるはずはないし、内水氾濫の防止策をとっていなかった行政にしても、たしかにそれは怠慢だったかもしれないが、住民の命を取ることを意図して対策を怠っていたのでないのは明らかだろう。とするならば、「命が奪われた」というセンセーショナルな言い方は不穏当で、せいぜい「命が失われた」と言うべきだったはずだ。
しかもこれは出演者の誰かが話した言葉ではなく、番組のナレーションなのだ。ナレーションなら、それは番組制作者の見解を表明したものということになる。おそらく、番組制作者の中に視聴者の注目を引くセンセーショナルな番組にしたいという意識があったのだろう。
最近、7年前のスキーバス事故で15人が死亡した事件で、バス会社の社長と運行管理責任者に実刑判決が言い渡されたというニュースがあった。私はこの判決自体は支持するが、裁判長が「命を奪われた大学生~」と言っているのには違和感を感じる。冷静たるべき裁判長はこういうことばを使うのは控えるべきだろう。
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日本語は正しく使うべし 自虐の世代 同性婚反対 袋だたきの好きな国
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