写真とイメージ
今日(6月20日)の毎日新聞朝刊に載っている中国の習近平国家主席とアメニカのブリンケン国務長官の写真を見て驚いた。今、中国を訪問しているブリンケン国務長官が習近平主席と会談したそうで、その前か後に二人が握手しているところを撮った写真だ。この写真では体格の大きい習近平氏が微笑みを浮かべてブリンケン氏を見下ろしており、ブリンケン氏はまるで生徒のように習近平氏を見上げる構図になっている。
これはアメリカのAP通信が配信した写真である。AP通信がこの写真だけを配信したのか、多数の写真を配信した中で新聞社がこの写真を選んだのかは分からないが、この写真を見る人は中国の方が格上だという印象を受けるだろう。今回、中国はブリンケン国務長官を冷遇したという報道もあるから、それを象徴する意味でこの写真が選ばれたのかもしれないが、もし中国でもこの写真が公表されたなら、中国人は喜んだだろう。
戦後、昭和天皇とマッカーサー元帥が会談した直後に二人が並んで撮った写真では、天皇の身長はマッカーサーの肩くらいまでしかなく、日本人はこの写真にショックを受けたという。神聖な存在であり、決して威厳を傷つけられることのなかった天皇がこんな写真を撮られ、そして戦前なら不敬罪にもなりかねないその写真が堂々と新聞に載ったのだ。これは、おそらく、アメリカによる日本人教育の一環だったのだろう。
写真は文章以上にものを言う。ものを言うだけではなく、情緒に訴えかけもする。しかし写真は必ずしも「真実」を写したものとは限らない。それは今に始まったことではないが、誰でも簡単に写真を撮り、AIで加工できるようになった今、特に心しておきたいところだ。
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