私の自慢話(1)
今から20年余り前、膳所高校に勤務していた頃、私は「科学概論」という自主講座を開いていた。これは、日常生活の身の回りの現象を科学的に見ることから始まって、現代の科学技術の最先端までを扱う「科学入門」のような内容の講座である。その中で原子力発電の問題点や危険性も扱った。そのとき、私はスリーマイル島やチェルノブイリの事故を例にさまざまな危険について話し、特に危険な事態は、電源喪失事故とテロリストや敵国による発電所攻撃だと話した。
地震などで原子力発電が停止した場合でも核燃料は熱を出し続ける。だから冷却し続けなければならないが、その電力が得られなければ原子炉はメルトダウンし、燃料貯蔵プールは沸騰して、大量の放射性物質が環境中に放出される。これが電源喪失事故である。こういう事故の可能性を、私は空想で言ったのではない。実はフランスのラ・アーグ再処理工場で実際に起こったことがあるのだ。この事故の場合はさまざまな幸運が重なって、燃料溶解液が沸騰する寸前に電源を確保することができたのだが、もしそうでなければ、ヨーロッパ全土が放射能で汚染されただろうといわれている。
このような危険を指摘した私に、大方の人は冷ややかだった。日本の原子炉はしっかり管理されているから安全だというのである。ところが、その10年後、不幸にも福島第1原発の事故が起こって私の懸念が的中した。「不幸にも」と私は書いたが、実はこのとき、私を批判していた人たちに対して「ざまあ見ろ」というような思いを持ったのも事実だ。何事につけても、自分でものを考えないで、権力者や権威に素直に従うという処世術で生きていたら、こういうことになるのである。
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