井戸謙一さん
「十人の真犯人を逃しても、一人の無辜(罪のない人)を罰してはならない」。これは裁判官が心すべき格言だそうである。私がラジオ番組のインタビューのために井戸謙一さんを訪ねた時、最初に井戸さんの口から出たのがこのことばだった。井戸さんは十年ほど前に裁判官を退官して、現在は私の住む彦根市内で弁護士事務所を開いているが、裁判官時代は志賀原発の運転差し止め判決などいくつもの有名な判決を下し、弁護士になってからは弁護団長として湖東記念病院事件の再審を実現するなど、めざましい実績を残している。
私は井戸さんに会う前は、裁判官というのは法律には詳しくても現実社会の実情には疎い、官僚主義的な人たちだろうと勝手に思い込んでいた。ところが井戸さんに会ったことによって、そのような思いは吹き飛んだ。それもそのはず、井戸さんが裁判官の道を歩むことになったきっかけは中学生の頃、部落差別の存在を知って社会正義の意識に燃えたことだったという。そして、裁判官になってからは最初の任地が関西だったのが幸いしたと井戸さんは言う。というのは、関東の裁判官社会は官僚主義的、秩序主義的だけれど、関西には自由な雰囲気があり、自分がそんな中で若い時代を過ごせたのは幸いだったというのだ。
私が「マスコミは興味本位で事件を扱い、犯人を叩くのは当然だと思っているようだが、犯罪報道は自粛すべきだ」と言ったところ、井戸さんも同意してくれた。私はさらに「犯罪被害者の肉親が犯人を死刑にして欲しいと言うのは分かるけれど、マスコミはそんなことを報道すべきじゃない」と言いたかった。それは言わなかったが、言えばこれも同意してくれたのではないかと思う。
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