身を切る改革?
統一地方選挙が始まって、「身を切る改革」をキャッチフレーズにする候補者が目に付くようになった。このことばは私の記憶では維新の会が使い始めたことばで、その後急速に各党に広まり、やがてテレビのMCやコメンテーターまで使うようになって、今や完全に市民権を得たように思われるのだが、私は大嫌いである。私がこのことばを嫌うのはそれが一般大衆への「ウケ狙い」のことばのように感じられるからだ。
「身を切る改革」ということばには、「議員報酬の引き下げ」と「議員定数の削減」のふたつが含まれているようだ。政治家は従来からの特権を自ら削ってでも有権者に奉仕しようという自己犠牲のイメージが有権者に受けるのを狙ってのことだろうが、私には政治家がある程度の特権を持つのは当然で、その内容は自分達で決めるのだという尊大な感覚が裏にあるように思われるのだ。そうでないなら「身を削る」などと言う必要はない。
政治家が本当に良い政治をしてくれるのなら、多少費用がかかってもよいと私は思っている。議員報酬の引き下げはともかく、議員定数をどれだけにするかは政治の質にも影響することで、定数を削減すれば少数意見の切り捨てにもつながりかねない。だから、議員定数は歳費がどれだけかかるかではなく、どうすれば民意が反映できるかで判断して欲しい。
世界的にポピュリズムの危険が増大していると言われるが、ポピュリズムということばを私は「大衆追随主義」「大衆迎合主義」「大衆扇動主義」などと訳している。「身を切る改革」というのは、典型的な日本型ポピュリズムのことばだ。報道人や言論人まで当然の如く「身を切る改革」を言う現在は、危険な時代だと思う。
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