松の花
句作して 松の花咲く 春を知る
これは10年ほど前、私が俳句を始めた頃に詠んだ句である。このとき、私は松がこんなにもきれいな花をつけるのか、こんなきれいな花に気づけたのは俳句を作り始めた効用だと感動してこの句を詠んだのだった。俳句だけではなく、その少し前に始めた写真の効用もあったのかもしれない。
私はもともと野に咲く花を見るが好きだった。そして、春には松も花をつけることは知っていたし、実際に何度も見たことがあった。でも、松は風媒花だから、受粉のために昆虫を呼び寄せる必要のある被子植物のような鮮やかな花をつけることはないという思い込みがあって、じっくりと松の花を見ることがなく、その美しさにも気づいていなかったのだろう。私の感性のアンテナが閉じていたのである。
松の花に関しては、もう一つ感動的な思い出がある。数年前、びわ湖岸を散歩していた時のことだ。数百メートル先の松林のあたりが白っぽい霧のようなものに包まれていたのである。私は最初、誰かがそのあたりでたき火をしているのだろうと思った。ところが、そこまで行ってみると、そんな気配は全くない。さっき見たあの霧は一体何だったんだろうと考えて、ふと気づいたのは、この松林から大量の花粉が放出されて、それが霧のように見えたのではないかということだ。それなら、もっとたびたびそんな光景を目にしていたはずだとも思ったが、たとえば太陽光線の微妙な角度の関係などで見えたり見えなかったりするのかもしれない。確信はないが、もしあれが花粉だったとすれば、すごいことだ。
3月の記事
きせつだより にわとりの殺処分 もののみえかた 奇想天外な夢
ペテルギウス 安倍元首相の責任(1) 安倍元首相の責任(2)
井戸謙一さん 山野稔さん 松本修さん(1) 松本修さん(2)
霧の朝 思い出のアルバム 3月は工事月間 嘉田由紀子さん(1)
嘉田由紀子さん(2) 老いてその先 身を切る改革? 松本修さん(3)
0 件のコメント:
コメントを投稿